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第122話
プレゼントの前に、まずはケーキを差し出した。
季節限定のケーキなんかもあったが、今回はオーソドックスに苺の乗ったショートケーキを一番小さいホールで買ってきた。飾り付けのチョコレートのプレートには、Happy Birthday Yuiと書かれている。
水無瀬はそれを、驚きと戸惑いの混じった表情で見つめている。
やはり、こうやって祝ってもらったことはないのかもしれない。ホールのショートケーキ、名前の入ったプレートチョコ。絵本の中のものと思って生きてきたのかもしれない。
それなら、今回はこのケーキで正解だ。
「少し遅れちゃったけど…誕生日、おめでとう。唯。」
お祝いの言葉とともに差し出した金色のリボンが掛かった紺の包みを、水無瀬は恐る恐る受け取った。
ケーキとプレゼントを交互に見つめる水無瀬が少し可愛くて、笑みが溢れた。
「今…名前で呼ぶとか、ちょっと卑怯。」
「なんで?泣きそう?」
「泣かないよ。泣かないけどさ。」
そう言いながら、水無瀬は居心地悪そうに身動ぎした。泣かないけど、少し鼻の奥がツンとしたのかもしれない。泣いても良かったのに、と思う。
水無瀬は、小さい子どものようだ。
愛情を一心不乱に求めて甘える子ども。けれどなりふり構わず突進できる歳でもないから、その求め方が歪なのだ。
何があっても水無瀬を愛すると決めた。
恋人としての愛が欲しいなら勿論与えるし、親からもらうはずだった愛が欲しいなら、水樹が親からしてもらったことを全部してやりたい。
「開けてみて。」
「いいの?」
「いいんだよ。もう水無瀬のものなんだから。」
促してやると、水無瀬は丁寧に金色のリボンを解いて包装紙を開けた。
カサカサと控えめな紙の音が響く。全ての包装紙を取り払うと、水無瀬はご丁寧にその包装紙を畳んでから、そっと白い箱を開けた。
「あ、手袋?」
中から姿を現した、キャメルのレザー手袋。
中はボアになっているから、かなり暖かいはずだ。
去年水樹があげた白のマフラーを今年も使ってくれている水無瀬は、最近手先を擦り合わせていることが増えた。手袋は穴が空いたと言っていたし、それでも買わなかったあたり買う気は無いのだろうと踏んだ。
水無瀬は宝物を扱うように大切に手袋を取り出すと、右手にそれを嵌めた。
「あったかい…」
「本革だから、それは長く使えると思う。あー、でも中がくたびれると温かくなくなるかな?」
水樹自身はあまり手袋をしないので、どこに拘ったらいいのかは店員任せだ。店員のオススメの中で、水無瀬に一番似合いそうなものを選んだ。
手袋をはめた手を、グッグッと握って、水無瀬はその表情を綻ばせた。
「嬉しい…ありがとう。大切にするよ。本当に嬉しい。」
目に涙こそ浮かんでいなかったけれど、少しの鼻声には気付かない振りをして、水樹は誕生日の定番ソングを口ずさみながらケーキにナイフを入れた。チョコのプレートは水無瀬の皿に。
ホールケーキを半分にしたはいいが甘いものが苦手な水樹は少し食べただけでダウンした。その残りは全部水無瀬が平らげた。
翌日から、水無瀬の手にレザーの手袋がはめられていた。
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