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第123話
「お願い水樹!今年もよろしくお願いします!!」
お菓子作りの本を手渡された水樹は真っ先にこう思った。
デジャブ。
「だからお菓子と料理は別次元だって去年も言ったのになんで俺に頼むかなー。」
「あんた以外に頼める人がいないのよ!」
「大体振られたんじゃないの?誰にあげんの?今年こそ俺?食えないって言ってるのに…」
「便器に顔突っ込んでやろうかコラ。」
「さすがに酷い。やりそうで怖い。」
パラパラお菓子作りの本を適当に捲るのも去年と同じ。違うのは、奈美がチョコを送る相手を知らない、検討もつかないということだけ。
「それに今年はあんたも天使様に手作りするでしょ?ね?一緒にやろうよ!」
「水無瀬はハイミルクの板チョコで大喜びすると思う。」
「天使様の意外な一面を知ってしまった。」
あ、やっぱり。
奈美の若干引き攣った顔を見て、水樹は水無瀬のイメージというものを再確認した。
水無瀬は特に家庭の厳しい経済環境を隠したりしないが、どういうわけか誰もその貧乏性を知らない。あの輝かしい天使の微笑みの素顔は中学のジャージに半纏がお決まりだとは誰も思わないのだろう。仮にその姿を見かけたとしても、信じたくないゆえに記憶から抹消されるのかもしれない。
ふう、と水樹は溜息を吐いた。
「まぁ板チョコは冗談にしても…どうしようかなぁ、あんまり考えてなかった。」
きっと喜んでくれるとは思う。去年もすごく喜んでくれて、そして心の内を明かしてくれた。
あの日からもう一年かと思うと、早かったような長かったような。
いろんなことがあったが、最近の水無瀬は別人かと思うほどに甘く優しく、本物の天使のようだ。時々意地の悪いことを言ってくるのは、もう水無瀬の性格だろう。
愛を感じられる揶揄いなら、水樹も嬉しいものだ。
「で、誰にあげんの?俺も知ってる人?」
水樹は惚けることは許さないと追い討ちをかける。
藤田に失恋してから1年、学校のある日は変わらず奈美と行動を共にしていたが、新たな恋をしているなんて微塵も気づかなかった。
もしかしたら学校外の人なのかもと思いつつ尋ねると、奈美は真っ赤になって少しだけ視線を逸らした。
「佐藤、先輩。」
小さく小さく告げられた意外すぎる名前に、思わずあんぐり。
「え、え!?佐藤先輩って佐藤先輩!?いつなんでそんなことになったの!?」
「ああああ、声がでかい!ダメダメ、ダメったらダメ!内緒!!」
「なんで!教えないと手伝わない!」
「卑怯者!」
「なんとでも言え!」
ぎゃあぎゃあ騒いで二人して息を切らしたころ、漸く奈美が折れた。作る日に教える、と。
それを聞いて水樹はまた最初から本を捲る。目についたページに、ドッグイヤーを付けた。
去年は藤田にあげる予定だったものをおすそ分けしてもらったから、今年は水無瀬が好きそうなものを選びたい。結局手作りする気になっている自分に苦笑いだ。
「ブラウニー?いいね、美味しいよね!頑張ろうね!」
そして次の休みは、また三角巾まで持ってきた奈美とデコ丸出しでお菓子作りに励むのだった。
絶対に、三角巾まで用意する必要はないと思う。
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