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第125話
綺麗に仕上がった胡桃のブラウニーを前に、水無瀬の頬が緩んでいるのを見るとほっこりと心が温まる。
去年はこんな光景が見られるだなんて微塵も思わなかった。
あの時、水無瀬の告白を受け止めて本当に良かったと1年前の自分に感謝しかない。
「あー美味しい。今だから言うけど実は去年のはちょっと苦かった。」
「だろうね。」
「嬉しかったのは本当だけどね。」
くすくすと笑い合い、暖かな時間に浸る。美しくて貪欲で、少しだけ子どもっぽい水無瀬の本質を、漸く最近になって見せてくれるようになった。
いつか奈美にも、こんな温かな気持ちにしてくれる恋人が出来ますように。
「…にしても、佐藤先輩と奈美、お似合いだと思うんだけどなー。本当に義理なのかな?」
「僕、奈美って子を知らないからわからないよ。」
「本当に良い子なんだよ、美人だし…ちょっと気が強すぎる気がしなくもないけど。」
「水樹に気が強いって言われるって相当だよね。」
水無瀬がくつくつと楽しそうに笑うのが嬉しいけれど、少し納得がいかない。水樹は自分が気が強い自覚がなかった。図太い自覚はあるが。
俺が気が強いんじゃなくて龍樹が弱いんだよ、と伝えると、そういうことにしといてあげると受け流されてしまった。
ちょっとだけむくれてみせて、佐藤の姿を思い浮かべる。
優しくて一本気で、真面目な人だ。
「先輩ならきっと、幸せにしてくれる。先輩良い男だもん。」
ふと、水無瀬の周りの温度が下がった気がした。
そちらに視線を寄越すと、水無瀬が何やら難しい顔をしている。ブラウニーもまだ残っているのに、フォークが止まっていた。
「…ふぅん。」
と、一言。
極々僅かな不機嫌さを含んだその声に、恐らく少し前の水樹なら気が付かなかっただろう。水無瀬も、誤魔化せると思っているに違いない。
水樹は一つ溜息をついて立ち上がり、水無瀬の隣に座り直した。
「何を深読みしてるんだか知らないけど。」
驚きで固まっている水無瀬の手からフォークを奪い取り、ブラウニーを一口。甘い。
思わず顔を顰めて、コーヒーで流してしまった。
「そんな良い男と付き合っても忘れられない位には、水無瀬のこと好きなんだからね。ずーっと前から今もね。」
はい、とフォークを返したものの、水無瀬はすぐには動かない。アーモンド型の瞳をパチパチとさせている。
もう一度フォークを押し付けると漸く受け取り、苦笑しながら視線をブラウニーに戻した。
と、思ったら、グイと強引に肩を寄せられてキス。
水無瀬の口の中は、ブラウニーよりも甘く、そして熱い。決して嫌ではない。寧ろ心地よくてもっとして欲しい。
一度合わさった唇はすぐに離れ、絡まった視線を外すことなく再び重なり、今度は深く深く重ね合わせた。
じわじわと襲い来る快感にぎゅっと水無瀬にしがみつくと、優しく腰を撫でられて、それがまたもどかしい刺激になって水樹の心を騒がせた。
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