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第130話
春休みに入ってすぐ、早々に発情期を起こした水樹はスマホで水無瀬を呼び出したのだが、いつもならすぐに来てくれる水無瀬が、この時は連絡もつかなかった。
仕方なく龍樹にゼリーを買って来てくれと頼んだのだが、こちらは了解と返事を寄越したのに待てど暮らせど訪ねてこない。
「なんで…」
なんで誰も来ないの。
高熱と吐き気に苛まれ、脳裏によぎったのは幼い自分。離れで独り発情期に耐えた。あの時は、どうやって耐えたんだっけ。
発情期に水無瀬がいることに慣れてしまった。水無瀬がいなくても龍樹が、家族が側にいてくれる発情期を経験してしまった。
「だれか…」
誰か来て。
手を握って大丈夫だよと言って。
混濁する意識の中、思い出すのは暗い影を落とした青い瞳。
気のせいなんかじゃない、きっと何かあったんだ。連絡もつかないなんておかしい。
何も言ってくれない寂しさと、何もしてあげられないもどかしさと、自分の身体すら満足に動かせない悔しさが一度に押し寄せる。
一粒伝った涙は、熱で火照った頬には冷たく感じた。
ふと意識が戻った時、目の前は闇だった。一瞬の錯乱。
ただ今が夜なだけ。
ただ電気が付いていないだけ。
水樹は発情の波が落ち着いてなんとか身体が動くことを確認すると、手探りで電気を付けた。
今のうちに何か食べようと冷蔵庫を開けたけれど、ろくなものがなかった。
「…そうだ、龍樹あいつ…」
ゼリー買ってこいと言って、了解と返事まで来たのに。
なにやってるんだと怒りすら覚えてスマホを覗くと、数時間前に水無瀬から一通だけメールが入っていた。
『ごめん、今日は戻れない。明日か、遅くても明後日の朝には戻るようにする。』
いつも顔文字やら絵文字やらで賑やかな水無瀬には珍しい、簡潔なメールだった。
「…実家、かなぁ。」
他に思いつく場所などない。
最近様子がおかしいのも、もしかしたら家のことなのかもしれない。水無瀬には色々と複雑な事情があるだろう。
水無瀬の家族のことに、口出ししたことはなかった。口を出していいものかわからなかったから。
水樹にだって、口出しされたくないことはある。言いたくないこともある。
だから水無瀬にも極力口出しすまいと思っているし、無理に聞き出そうとするのもやめようと決めていた。
けれど今は、発情期の特効薬で弱っている今は、それがひどく疎ましい。
ここに来て、今すぐ。
側にいて手を握って頭を撫でて。
抱きしめて、出来たらキスして。
酷い母親なんて放ってここに来て。
気を抜いたら、形振り構わずそう叫び出してしまいそうだった。
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