132 / 226

第132話

目を覚まし、がらんとした室内をぼんやりと見つめた。 水無瀬が隣で眠っていたと思ったのに、どうやら自分がそのまま眠ってしまったらしい。 水無瀬にかけてあげた毛布は自分にかかっていて、隣の床は冷たくなっていた。 じんじんと疼く熱はまだ発情期が残っていることを示している。それでも昨日水無瀬に抱かれたおかげか随分と楽だった。 と、思って、昨日の水無瀬を思い出す。 泣きながらごめんと繰り返し呟いた水無瀬。 それはやめてくれと叫んだ水樹の意に反する行為の謝罪なのか、それとも別のものか。正気を失っていたのは、ヒートのせいなのかそれとも別の原因があるのか。 首の痣は、なんなのか。 「わかんないよ…どうしたんだよ…」 水無瀬のためなら何でもしてあげたいのに、肝心の水無瀬が何をして欲しいのかさっぱりわからない。 グシャリと髪を乱暴に搔くと、胸の痛みがほんの少し誤魔化された気がした。 水樹はふらりと立ち上がると、時間を確認するためにスマホを手にする。ロック画面に表示される数件の通知。その中に水無瀬の名前はない。 「…ああ、今日始業式か…」 今年も同じクラスだよ、中高6年間同じクラスだったね。という奈美のメール。 ゼリー届けられなくてごめん。という龍樹のメール。 奈美からの知らせは単純に嬉しいものだったし、龍樹も突然連絡が途絶えて心配したがメールが来るということは無事なんだろう。 簡単に返信すると、水樹はベッドに転がり込んだ。 学校が終わったら来てくれるかもしれない。 淡い期待をしながら瞼を閉じると、浮かぶのは水無瀬の泣き顔。頬に落ちて来た涙の感触。 冷たくて、痛々しい涙だった。 浅い眠りを繰り返していた水樹は、ぱたんと静かにドアが閉まる音にゆっくりと意識を取り戻した。 「…ただいま。」 今にも泣きそうな笑顔でそう告げた水無瀬は、ベッドに横たわる水樹の傍に来ると中途半端に片手をあげて、戻した。 触れようとして、やめたのだ。 それがとてつもなく悲しくて寂しくて、水樹はグッと唇を噛む。 何を躊躇する必要があるのか。 この身も心も、名実ともに水無瀬のものなのに。 「ごめん、いやだって言ってたのに…」 長い睫毛が影を落とす。 透明感のある金色の睫毛がキラリと光った。 「気にしてないよ。」 水樹は怠い右腕を伸ばして、ふわりと水無瀬の形のいい頭を撫でた。水無瀬の身体が硬くなったのは、幼い頃から植え付けられた恐怖心からだ。 触れるのに躊躇するなら、こちらから触れる。教えてくれないなら、こちらから聞く。 「これ…どうしたの?」 昨日見つけた時よりも薄くなっている。そっと水無瀬の首に指を這わせると、水無瀬は見たことのない暗い瞳で、何の感情も示さずに口の端を持ち上げた。 「水樹は…水樹には、僕って必要?」 幼い子どものような質問に、水樹は一瞬思考が停止した。 必要に決まってる。 水無瀬がいればそれでいいのだから。 「…ありがとう。」 水無瀬の表情が、和らいだ。 「僕には、君が必要無くなった。」 そして酷く満たされた表情で、そう告げたのだった。

ともだちにシェアしよう!