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第132話
目を覚まし、がらんとした室内をぼんやりと見つめた。
水無瀬が隣で眠っていたと思ったのに、どうやら自分がそのまま眠ってしまったらしい。
水無瀬にかけてあげた毛布は自分にかかっていて、隣の床は冷たくなっていた。
じんじんと疼く熱はまだ発情期が残っていることを示している。それでも昨日水無瀬に抱かれたおかげか随分と楽だった。
と、思って、昨日の水無瀬を思い出す。
泣きながらごめんと繰り返し呟いた水無瀬。
それはやめてくれと叫んだ水樹の意に反する行為の謝罪なのか、それとも別のものか。正気を失っていたのは、ヒートのせいなのかそれとも別の原因があるのか。
首の痣は、なんなのか。
「わかんないよ…どうしたんだよ…」
水無瀬のためなら何でもしてあげたいのに、肝心の水無瀬が何をして欲しいのかさっぱりわからない。
グシャリと髪を乱暴に搔くと、胸の痛みがほんの少し誤魔化された気がした。
水樹はふらりと立ち上がると、時間を確認するためにスマホを手にする。ロック画面に表示される数件の通知。その中に水無瀬の名前はない。
「…ああ、今日始業式か…」
今年も同じクラスだよ、中高6年間同じクラスだったね。という奈美のメール。
ゼリー届けられなくてごめん。という龍樹のメール。
奈美からの知らせは単純に嬉しいものだったし、龍樹も突然連絡が途絶えて心配したがメールが来るということは無事なんだろう。
簡単に返信すると、水樹はベッドに転がり込んだ。
学校が終わったら来てくれるかもしれない。
淡い期待をしながら瞼を閉じると、浮かぶのは水無瀬の泣き顔。頬に落ちて来た涙の感触。
冷たくて、痛々しい涙だった。
浅い眠りを繰り返していた水樹は、ぱたんと静かにドアが閉まる音にゆっくりと意識を取り戻した。
「…ただいま。」
今にも泣きそうな笑顔でそう告げた水無瀬は、ベッドに横たわる水樹の傍に来ると中途半端に片手をあげて、戻した。
触れようとして、やめたのだ。
それがとてつもなく悲しくて寂しくて、水樹はグッと唇を噛む。
何を躊躇する必要があるのか。
この身も心も、名実ともに水無瀬のものなのに。
「ごめん、いやだって言ってたのに…」
長い睫毛が影を落とす。
透明感のある金色の睫毛がキラリと光った。
「気にしてないよ。」
水樹は怠い右腕を伸ばして、ふわりと水無瀬の形のいい頭を撫でた。水無瀬の身体が硬くなったのは、幼い頃から植え付けられた恐怖心からだ。
触れるのに躊躇するなら、こちらから触れる。教えてくれないなら、こちらから聞く。
「これ…どうしたの?」
昨日見つけた時よりも薄くなっている。そっと水無瀬の首に指を這わせると、水無瀬は見たことのない暗い瞳で、何の感情も示さずに口の端を持ち上げた。
「水樹は…水樹には、僕って必要?」
幼い子どものような質問に、水樹は一瞬思考が停止した。
必要に決まってる。
水無瀬がいればそれでいいのだから。
「…ありがとう。」
水無瀬の表情が、和らいだ。
「僕には、君が必要無くなった。」
そして酷く満たされた表情で、そう告げたのだった。
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