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第133話
満開だった桜が疎らになっていた。
まだ4月も頭だというのに。引きこもっていたから気にならなかったけれど、発情期の間に春の嵐が過ぎ去ったようだ。
水樹は不恰好になってしまった桜をぼんやり見上げ、中庭のベンチで龍樹と昼食を取っていた。
飲み物を買いに行った水無瀬は、そろそろ戻るだろうか。
『僕には、君が必要無くなった。』
嘘だ、と思った。
嘘であって欲しいと思った。
唖然とする水樹の額にキスを一つ落とした水無瀬は、もうこの話をしてくれなくなってしまった。なにを尋ねても、ふんわりと微笑んで誤魔化されてしまう。そのままの意味だよ、それ以外は話してくれない。
結婚して金を手に入れる必要が無くなった?俺のことはもう好きじゃなくなった?
それとも最初から、好きでもなんでもなくて、ただ金目当てではあまりに不憫だから夢を見せてくれただけ?金が必要無くなったから、夢も終わりにされた?
あれからも水無瀬は変わりない。
変わりないと言えば語弊がある。以前のように甘く優しい天使のような顔を見せてくれることは無くなり、ただの友人と同じようにその場の雰囲気だけで一緒にいる生活をしている。
それはまるで、番になる前。
龍樹と水無瀬が付き合っていて、水樹はただの恋人の兄でしかなかったあの頃のようだ。
「…なぁ。」
「んー?」
「運命の番って信じるか?」
「んあ…」
ぐるぐると考え込んでいた頭に、冷水が降ってきた。
運命の番って信じるか。
今この愚弟はそう言っただろうか。なにを突然。しかもそれを俺に聞くか。誠司叔父さんを亡くした俺に。
あ、誠司叔父さんが俺のことを運命だと叫んだのは只の狂言だったと思っているのか。
水樹は食べかけの卵焼きを弁当箱に戻し、努めて平静な声を出した。
「…龍樹、本を読むのはいいことだと思うけどね?本と現実の区別はつけようか。」
「おい。」
「この歳になって中2病なんてお兄ちゃん悲しいよ…あたっ!」
大袈裟なくらいの溜息を吐いて見せると、バシッといい音を立てて龍樹に頭を叩かれた。責めるような視線を送ってもしらんぷり。腹が立つ。
ジンジンする頭を抑えながら、よぎるのは誠司の顔。
運命の番だった。
誰の隣にいるよりも心休まる存在だった。大好きだった。種類はどうあれ、確かに愛していた。
全て過去形だ。
「…運命なんてないよ。」
なくなったよ。
今あるのは、水無瀬への愛だけ。
「運命なんて、ない。」
運命に『次』があるのなら、水無瀬が運命の人だったらよかったのに。
そうしたらきっと、水樹も、そして水無瀬もこんなに悩まずにいられたかもしれない。
温かく居心地のいい世界に包まれていられたかもしれない。
そうまるで、誠司と決別したあの闇のような、あの居心地の良い世界に。
「…ウィンナーもらい。」
「あっ!ちょっと!」
瞬間、ゾッとした。
あまりに非現実的な思考に。
生温い世界に浸るよりも、水無瀬と歩き続けたいと思ったあの時の気持ちは決して嘘ではなかったのに。
(…弱いな、俺。)
少し揺さぶられただけで、逃げたくなるなんて。
自嘲の笑みを僅かに浮かべながら、水樹は昼食を再開した。
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