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第134話
「楽しそうだね?」
「ぅあっつい!?」
頬に感じた熱に悲鳴をあげると、背後から水無瀬がお汁粉の缶を当てていた。
こういうところは一切変わらない。小さな悪戯も、水樹の悲鳴を愉しむ姿も。
缶を開けながら水樹の隣に腰掛けた水無瀬はぐいと一口飲んでその美貌を綻ばせる。アホみたいに甘党なのも相変わらずだ。
「またお汁粉?飽きないねぇ」
水無瀬のマイブームは割と移り変わりが早くて、結局いちごオレに戻ってくるのだが、今回のお汁粉ブームは長く続いていた。
その金髪碧眼の類稀な美貌に、お汁粉。いちごオレよりもさらにアンバランスだ。
「美味しいよ?勉強で疲れた頭に甘いもの。で、何の話?」
「水無瀬は365日24時間甘いものじゃん…龍樹が遅い中2病疑惑でお兄ちゃんは悲しいって話」
「おい」
「なにそれ」
頼むから、この説明で流されてくれ。そう思ったのだけど、当然納得する訳もなく。
ポツリポツリと語りだした龍樹の話では、春休み中に寮でぶつかった人に君が運命だとかなんとか騒がれたんだとか。
(なるほど、あの時ゼリー届けてくれなかったのは変なのに捕まっていたからか。)
龍樹は運命なんて信じていない。
信じたくもないだろう。
運命を認めてしまったら、誠司が水樹にしたことをただの暴行だと思えなくなる。運命の番なんだという誠司の叫びを受け入れることになる。
運命という免罪符を、誠司に与えたくないだろうから。
そのΩも可哀想に、よりにもよって龍樹に運命を語るなんて。
「運命の番?龍樹、本読みすぎだよ。」
「ねー。」
運命がどうのと言われて、昔みたいに過呼吸で倒れたりしてないなら別になんだっていい。
でもね龍樹、運命ってあるんだよ。
言葉には出せない。龍樹まで、運命の番に振り回されるのはごめんだ。運命なんて知らなくていい。
それにしても。
水樹はちらりと隣を見やる。
水無瀬がドーナツを齧っていた。お汁粉にドーナツてどんな昼食だよと思いはしても、突っ込みはしない。
無駄だからだ。
(水無瀬に運命の番は地雷ワードなんだよ、このバカ。)
もちろん龍樹がそんなことを知る訳もないので、只の八つ当たりだが。
誠司に異様なほど嫉妬する水無瀬は可愛らしいをとっくに通り越して凶悪で、そのシワ寄せは水樹に降りかかるというのに。
もう一度ちらりと水無瀬を見やる。
変わらない横顔。彫刻のようなひんやりとした美貌は、表情を読めなくて、怖い。
(最近は、水無瀬のことがわからなくて怖いなんて思わなかったのに。)
今はひどく水無瀬が怖い。
何かがあったに違いないのに、何を聞いても微笑むだけ。それがまるで、君には関係ないよと言われているようで、酷く辛い。
突き放されているようで、痛い。
仄暗い水樹の心。
冷えた水無瀬の横顔。
何かを考え込んで自分の世界に独りの龍樹。
空だけが嫌味なほどに明るかった。
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