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第135話

図書室で借りた本を返しに行く、と早々に立ち去った龍樹が座っていたベンチを眺め、水樹は一つ溜息をついた。 折角上手に巻けた卵焼きも、なんだか味気ないままに食べ終わってしまい、龍樹から奪い返したウィンナーが弁当箱に転がっている。 それをひょいと口の中に放り込んだ時、水無瀬が不意に顔を上げた。 「龍樹、なんで急に運命なんて言い出したのかな。」 小首を傾げて呟く姿は昔と変わらず大変可愛らしいが、手にあるドーナツとお汁粉の缶で台無しだ。 遅い中2病と揶揄いはしたが、水樹とてそれを本気で言っている訳ではない。まだ高校生とは言え、本の影響で運命の番を信じるには、龍樹は少し大人になりすぎた。 水樹はゆっくりとウィンナーを飲み込む。やはり味がしなかった。今度は蟹型にでも切ってやろうか。タコでもいいが少し芸がない。 「バカなΩに一目惚れでもされたんじゃないの。あいつボーッとしてるから、丸め込まれたりしないといいんだけど。」 「…ひどい言い様だね。君は運命を信じてるのに。」 「信じてるとかそんなんじゃなくて、誠司叔父さんは…」 ダンッ!! と、辺りに響き渡る鈍い音に、続きは掻き消された。反射的にビクッと跳ね上がる身体。 「…その名前は、聞きたくない。」 低い声に、顔が引き攣る。 すっかり萎縮して細い息をしている水樹を見て、水無瀬は顔を歪めた。 ふるりと頭を振った水無瀬の髪が、太陽に反射してキラリと光を散らす。それは幻想的で、これが夢であったらいいのにと場違いにも思ってしまった。 「…ごめん。」 消え入りそうな謝罪は、罰を覚悟した天使の懺悔のようにも見える。 水無瀬の容姿は、狡い。 どんな時でも美しいのは、狡い。 「…本当に、君ってわからないよ。」 そう告げて席を立った水無瀬が、最近よく見かけるあの暗い瞳をしていたから。 だから思わず、水樹は震える息を目一杯吸った。 「なに、それ…」 そして、目一杯声を乗せた。 「わからないって、わかるわけない!俺がどんなに好きだって伝えてもちっとも信用してくれないくせに…わかろうとしてくれないくせに!」 目の前がぐらぐらする。炎の揺らめきの向こう側を見ているように、視界が揺れる。 それは怒りだった。 「俺だってわかんないよ!何を聞いても話してくれない挙句に必要なくなったって何!?もう、もう俺だってどうしたらいいかわかんない!」 捨て台詞のように、最後は叫ぶように。弁当箱を引っ掴んで、水無瀬を残してその場を立ち去った。一瞬見えた水無瀬の顔は歪んでいた。 わかろうともしてくれないくせに、わからないって。 わかろうとしてるのに、わからせようとしてくれない。 水無瀬は、狡い。 もう要らないと言うくせに、約束は守る。水樹にとっては何より大切な、龍樹を傷付けないという一番最初の約束。 水樹を突き放しても昼食を共にするのは、龍樹に不信感を与えないためだ。龍樹が、水樹を水無瀬に託してよかったと思っていられるように。 どんなに水樹とギクシャクしていても、仲良くやっていると見せるためだ。 水無瀬は、狡い。 その不器用な優しさは、痛い。 燦々と輝く太陽が何も照らしてくれないのが憎らしくて、水樹は俯いた。 あんな風に言いたかったんじゃない。 ただ力になりたかった。 困っているなら助けたかった。 疲れているなら癒したかった。 ただ水無瀬のために何かをしてやりたかっただけなのに。 必要ないと言われたら、また必要になるのを待てばいいのに。 「俺のバカ…」 地面がポツポツと色を変える。 水樹の足元にだけ、雨が降ったようだった。

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