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第136話
新学期で教卓の真ん前の席を陣取ってしまった水樹は、やはり先生の雑用を頼まれやすい位置らしく、その日もプリントを回収して職員室に持ってくるように言われてた。
春の穏やかな気候と爽やかな風に反して、水樹の周辺にだけ毒茸でも生えていそうな空気に奈美でさえ近寄らなかったというのに、教師というものはやはり強者だった。
そんなの日直に頼めよ、と思うのだが、もう少ししたら席替えして日直を席順に回すらしい。それまでの辛抱だとバシバシ肩を叩かれては、反論する気も失せてしまう。
「失礼しましたー…」
お決まりのセリフを力なく呟くと、重い足を踏み出した。
対して長くもない廊下が千里にも感じるほど。一歩歩くたびにため息をついているんじゃないかというほど。
そうさせるのは、他でもない水無瀬だ。
幸せになって欲しいから嫌われようと思ったと言われたのは、忘れもしない。想いを通わせた去年のバレンタイン。
僕じゃ君を幸せにできないからと勝手に決めつけて、態と水樹に嫌われようとして、敢えて酷い物言いをして。そういう、思い込みで突っ走る節が水無瀬にあるのはよくわかっているが、引っかかるのはあの表情。
水樹はもう必要なくなったと告げた時の、満ち足りた表情だ。
「もう、本当に要らないのかな…」
小さな呟きを拾うものはいない。
悲しい予想を振り払うように、水樹は瞳を閉じて頭を振った。
要らないから、何も話してくれないのかと。
要らないから、わかろうとしてくれないのかと。
要らないから、信じてくれないのかと。
悪い方へ悪い方へと傾いていく思考に習って視線は俯いていく。教室が遠い。早く帰ってもう寝てしまいたかった。現実から逃げたかった。
後ろから誰かが小走りで寄ってくる。それにも気付かない程に頭の中は水無瀬のことでいっぱいで、不安で苦しくて、こういう時こそ水無瀬に抱きしめて欲しいのにそういうわけにも行かなくて。
水無瀬に会いたい。
足が自然と特進科の教室に向かうべく方向転換した時だった。
「たちばなくん!!」
慣れない呼ばれ方だが、確かに呼ばれて水樹は反射的に振り返った。
と、同時にがっしりと腕を掴まれる。
その張本人は、大きな瞳をさらに大きくしていた。
「…………あれ?」
小さな身体をまだ新しいスーツに包み、まるで小動物のようなつぶらな瞳をパチパチさせるその人には、見覚えがない。
出で立ちからして教員のようだが、随分と若いその人は、戸惑いながら口を開いた。
「たちばな、くん?」
「はい。」
「弟さん?」
「は?龍樹がどうかしました?」
この人大丈夫か。
思わず率直にそう思ってしまってから、しまった顔に出てなかったかなと心配になる。
今の話の流れからすると、俺は龍樹の弟かと聞かれた気がする。
最近はすっかり間違われることがなくなったたが、これは、もしかして。
「先生、もしかして龍樹と間違えてません?」
その人は、溢れそうなほどに大きな目で水樹を上から下まで見て、そしたコクリとロボットのようにぎこちなく頷いた。
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