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第137話
「ごめん…えっと、たちばなくんの弟さん?」
赤くなったり青くなったり器用なことをしてみせるその教師は、人違いとわかっても腕を離してくれない。
なんて邪魔なんだ、俺は帰って不貞寝したいのに。寝てスッキリしたら水無瀬に会いに行けるかもしれないのに。
けれど相手は教師のようだから無碍にも出来ず。
逸る気持ちと苛々する心を懸命に抑え込んで、水樹は次の言葉を待つしか出来ない。
「龍樹の方が弟ですけど、兄弟です。」
「え、え!?ごめん!」
「いや別に双子だし、兄とか弟とかあんまり関係ないですけどね。」
「ふたご。」
なんだよ、双子がそんなに珍しいか。どうせ龍樹の方がでかいよ。仕方ないだろ性別違うんだから。
喉まで出かかった反論をグッと飲み込んで、ちょっと腕を引く。離してくれない。
「あの、用がないならもういいですか?」
「あ、あああ、だめ、待って!」
ピクッとこめかみが引き攣ってしまったのはもう仕方ないと思って欲しい。悪いのはこの人だ。俺は悪くない。
腕を離すどころか両手でしっかり握り直したその教師からはもう逃げられそうになくてうんざりする。
俺は水無瀬に会いたいのに。
ひどいことを言われても喧嘩してても、こういうちょっと困った時いつも水無瀬に会いたいと願ってしまうから見捨てられないのだ、あの不安定な天使様を。
「あの、たちばな…た、たつきくん?にちょっと用があって、どこに行けば会えるかなって…心当たりとかあったら教えて欲しいんだけど」
「特進はまだ授業中だと思いますけど…あいつトロいからホームルーム終わる頃に行けばしばらく教室にいるんじゃないですか?」
「教室ってどこ?」
教室ってどこ。
それは酷い違和感だった。
見たことない人だし、新任教師のようだがすでに授業は始まって校舎は行き来しているはず。
さして大きくもない校舎で、龍樹が在籍する一クラスしかない特進科の教室がわからない?
それはきっと、教室がわからないんじゃない。
龍樹のクラスを知らないのだ。
教師が龍樹に会いたいのに、龍樹のクラスを知らない?
それはきっと、龍樹のクラスを知る必要のない用事。
学校のことではなく、個人の用事だ。
『運命って信じるか?』
突然運命を語り出した龍樹の顔を思い出す。あいつはなんて言ってた?
春休みに、君が運命だと騒がれたと言っていた。
もしかして。
真っ青になって口籠るその人をじっと見据えていると、不思議なくらいするすると絡まった紐がほどけていく。それは推測でしかないけれど、きっと間違っていない。
水樹は、勘がいい部類の人間だった。
「会いに行くのはいいけど、あんまり龍樹に悪影響与えないようにしてくださいね。」
幸せになれるかもわからない、ただただ暴力的なまでに惹き寄せて悪戯に心と身体を支配していく。それは後々まで爪痕を残していくのだ。
誠司の笑顔を思い出す度嫉妬に狂う水無瀬の顔を思い出す。
龍樹は、運命なんて知らなくていい。
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