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第138話
龍樹に運命を語ったと思われる教師に龍樹の教室を伝えた後、水樹はふらふらと寮に帰ってきていた。
なんだか疲れてしまった。
ここのところ疲れが取れないし、疲れやすい。それが精神的なものからきているのはよくよくわかっていた。
無意識の内に真っ直ぐ水無瀬の部屋に向かって、はたと気がついた。
まだ水無瀬は授業中だと。
仕方なくその場に座り込んで水無瀬を待つ。4月初旬、まだまだ冷えるこの時期の廊下は少しだけ肌寒くて、水樹は両腕を抱きしめて寒さに耐えた。
どれくらいそうしていたか、ふと暗い影が落ちてくる。そして顔を上げると、水無瀬は水樹と視線を同じくして、最近は見ることのできなかった温かい笑みを浮かべた。
「寒くない?そんなところ座って。」
その笑み一つで、身体にたまった毒のような疲労が浄化されていく。
今が発情期だったら、きっと両手を伸ばして抱擁を強請っただろうが、生憎理性が邪魔してできなかった。
部屋に招き入れてくれた水無瀬は何か飲む?と声をかけてくれたが、水樹は首を振った。
するとことりと目の前に置かれた緑茶。甘党の水無瀬がこれを出してくるのは初めてのことで、目を瞬かせてしまった。
「好きでしょ?」
そんな些細なことが嬉しくて嬉しくて、虫の羽音のような情けない声でありがとうと告げることしかできなかった。
冷えた身体に熱いお茶がじんわりと染み入って、ほっとする。
「…龍樹に運命だって言ったの、多分先生だ。新任かな、見たことない若い人。」
「あー、今寮の前に立ってた人かな?Ωだったし。ちっちゃくてリスみたいな…」
「リス?あー…リスっぽい…かな?」
思わぬ例えに一瞬狼狽して、思い出した顔は確かに小動物系だ。小さな身体に大きな目が印象的な、ちょっと強引な人だった。
寮の前で龍樹を待っていたなら、水樹が教えた教室には行かなかったらしい。個人的な用で教室にまで押し掛けていったら、他の生徒との間で変な噂が立つ可能性がある。それを避けたのだとしたら、大馬鹿ではないようだ。
αの水無瀬がいうならΩで間違いないだろう。そしてあの人がΩなら、十中八九龍樹に運命を吹き込んだのはあの人だ。
「…龍樹は、運命なんて知らなくていい。」
こぼれ落ちた本音を掬うようにお茶を流し込むと、まだ少し熱くてむせそうになった。
龍樹は運命なんて知らなくていい。信じもしないだろうけど。
極普通に恋愛をしたらいい。
水樹と誠司の行為を目撃してしまったが故に植えつけられた性への嫌悪感も、そうして徐々に克服していけばいい。
ふぅふぅと息を吹きかけて再度お茶を啜ると、今度はちょうどいい。正面の水無瀬はズズッと音を立ててお茶を啜った。その顔は険しい。
「君は、僕どころか自分よりも龍樹の方が大事なんだね。」
徐に引き出しからチョコレートを一粒摘んで食べた水無瀬は、少し呆れたようだった。
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