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第139話
「そうやって君が龍樹を大事に大事にするから、龍樹が憎たらしくて仕方がない。君に甘えっぱなしの龍樹を、時々殴りたくなるよ。」
グシャッと嫌な音を立ててチョコレートの包み紙を握り潰した水無瀬は、掌で小さく丸まった包み紙を見下ろす。それに何を思ったのかはわからない。興味を失ったようにポイとゴミ箱の中に放り込んだ。
「口を開けば龍樹か誠司叔父さん。参ったな、ほんと。僕がその二人の名前で自制が効かなくなるのわかっててやってる?」
そして自嘲気味に微笑むのだった。
殴りたくなっても、決して殴ることはしない。拳でも言葉でも。
いっそ龍樹を殴るなりなんなりして傷付けていたなら、水樹は早い段階で水無瀬を見限っただろう。
そうしたら、或いはこんなにも悩むことにはならなかったかもしれない。
けれど水無瀬はそれをしなかった。その中途半端な優しさが、水樹を苦しめるのだ。
水樹は、お茶で潤ったはずの喉から掠れた小さな声を出した。
「…もう要らないって言うくせに、一丁前に嫉妬はするんだ。自分の番が他人を見てるのが気に入らない?そういうαらしい独占欲?」
「そんなんじゃ…」
「じゃあなんだよ!!」
感情的になって出した大声に、水無瀬が大袈裟にビクリと跳ね上がった。そして後悔する。
母親から、散々大声を上げられていただろう。想像できたことなのに。
水樹は一つ深呼吸して、気持ちを落ち着けた。ゆっくりと吐き出した息と一緒に、怒気がほんの少しだけ逃げて行った。
「…水無瀬、去年のお祭りの時聞いたよね。龍樹と自分なら、どっちを取るのかって…」
脳裏に過る祭囃子と下駄の音。
あの時のことはよく覚えている。
折角のお祭りが台無しになった。けれどそのタネを蒔いたのは、浮かれていた自分だった。
それにしたって、あの問いは酷かったと思う。
けれど、今なら答えられる。
「水無瀬を取るよって言っても、信じてくれないんでしょ?でもね、きっと俺は水無瀬を取るよ。龍樹は俺以外の人が助けてくれる。お父さんかもしれないしお母さんかもしれないし、もしかしたら俺が全然知らない人かもしれない。ついでに言うと、誠司叔父さんなんて死んでるんだから助けたって仕方ない。」
それこそ、いつか現れるだろう龍樹を心から愛してくれる誰かかもしれない。
いつかきっと、龍樹にはそういう人が現れる。
「…水無瀬を助けるのは、俺であってほしい。」
水無瀬の番は俺だ。
俺が水無瀬を助けないで、誰が助けるというのか。
他の誰にも、そんなポジションを譲りたくはない。
「例え水無瀬が望まなくたって、俺は水無瀬を助ける。俺なんかに助けて欲しくないと言われても、俺が助ける。」
ギュッと握った拳の爪先が、掌に食い込んで痛い。
爪切るの忘れてたな、と頭の片隅で思った。
「教えてよ水無瀬…なんで要らないなんて言ったの?何にそんなに苦しんでるの…」
水無瀬は、ゆるく首を振った。
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