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第145話

「…ごめん。」 すっかり全身の力が抜けて落ち着きを取り戻した龍樹は、疲れ切ったように額を肩に預けて来た。 よかった。 ホッとしながらその手を取り、ゆっくりと立たせる。普段体温の高い龍樹の手が、酸欠のせいで冷たくなっていた。 「お茶入れよっか。」 ケトルが立てるシュンシュンと湯を沸かす音を聞きながら、点滅したスマホに目をやる。 メッセージは水無瀬からだった。 『君達がいちゃいちゃしてるのを見ると腹が立つから、今夜は部屋で大人しくしてるよ。肉じゃが、明日食べに行くから残しておいてね。』 「いちゃいちゃって…」 相変わらず賑やかな絵文字に彩られた水無瀬のメッセージを見ながら複雑な表情を浮かべる。 龍樹とは仲がいいと思うが、いちゃついている感覚はない。だからこそ、水無瀬が正直に腹が立つからと言ってくれたのは嬉しかった。 以前なら、きっと何も言わずに嫉妬に狂って後で爆発させていただろう。水樹も、いちゃついている自覚がないから何に水無瀬がストレスを溜めていたのかがわからずにいただろう。 ふふ、と小さく笑みを浮かべて、龍樹の元へ急いだ。 水無瀬は、完全にとは言えないがとりあえず元気を取り戻した。こうして龍樹に嫉妬していることを露呈してくれるようになっただけ、前よりも言いたいことを言ってくれるようにもなった。 今後のことは、流れに身を任せてみよう。 熱いと顔を顰めた龍樹を微笑ましく見つめながら、問題はこっちだ、とも思っていた。 龍樹は視線も合わせない。 困ったように時折視線を泳がせて、けれど決して顔は上げない。 普段からは考えられない落ち着きのない姿。何か大きな壁にぶつかっていることは容易に想像できた。 けれど、何も言ってこない。 龍樹は水無瀬とは逆に、水樹にはなんでも喋る。友達らしい友達もいないせいだろうが、相談役は昔から水樹だった。 その龍樹が何も言ってこないのだから、知られたくないのだろう。 無理に聞き出すこともない。 水樹は手持ち無沙汰で、水無瀬にメールを返したりネットを見たりしていた。 その姿をじっと見つめた龍樹から、聞かないのかと言われたので、言いたくないんでしょと返す。 漸く龍樹の表情が和らいだ。 「お見通しかよ。」 「お兄ちゃんだからね。」 「数分な。」 例え数分でも、龍樹は弟だ。 そう、ただの弟。 大切にしたいとは思うけれど水無瀬に抱く感情とは全く別物だ。 水無瀬はあまりに家族の愛に飢えているから、そのあたりの区別がついていないのだ。 いつか、水無瀬にも溢れんばかりの愛を。 穏やかに凪いだ心と、無言の空間が心を安らげた。

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