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第149話
翌日の部活の帰りのことだった。
程よい気候だった。
運動の後で身体はほかほかと温かく、夕暮れの赤い日差しと爽やかな風を受け、ぼうっと部の仲間たちの馬鹿話を聞き流しながら寮への帰路についていた。
「んで俺、答あってたのに漢字間違えまくってたからって特別に課題出されて!」
「そりゃお前、対応って小学生でも書けるよ。」
「落合先生のバカーーー!」
「それは先生が正しいと…」
「水樹。」
それを呼び止めたのは、とっくに授業を終えて寮の部屋に帰っているものと思っていた水無瀬だった。
ひらひらと白い手を振りながら微笑む姿は夕焼けの赤によく映える。それがいつもより力強く感じる。ついこの前まで消え入りそうな儚さを持っていたのに。
天使様の姿を近くで見ることがあまりない部員たちはすっかり圧倒されて、あんなに盛り上がっていた馬鹿話も馬鹿笑いも嘘のように静かになった。
「ごめんね、話の途中だった?」
「あ、いや…」
「そう、よかった。連れていってもいいかな?」
コクコクと壊れたロボットのようにぎこちなく頷いた部員にありがとうと微笑んだ水無瀬は、少しも水樹を見ないで腕を取り、長い脚でずんずん歩いていく。
「ちょ…」
背の高さも違うのに、いくら水樹の運動能力が高くても引きずられるようで。
「ちょ、痛い!水無瀬!」
そう叫んでも振り返っても貰えず、辿り着いたのは水樹の部屋の前。
ようやく腕を離してもらえて、視線だけで開けてと指示される。水樹は少しジンと痛む腕を撫り、部屋の鍵を開けた。
部屋の主である水樹よりも先に入りまっすぐにキッチンに立った水無瀬は、昨日の肉じゃがの鍋を前に立ち尽くしている。
かと思えば、いきなり温めはじめた。
「ちょ…なに、お腹空いたの?」
「別に。」
「それ、味は染みてるけど水無瀬には薄いと思うよ?今味足すから…」
「このままでいい。」
苛立ちを隠しもせずにそう言い切った水無瀬は、程よいところで火を止めて適当な器に盛りテーブルについた。
いつものようにきちんと手を合わせて挨拶をした後、じゃがいもを頬張った。元々しかめっ面だったのが、更に厳しい顔になる。
「薄い。」
と。
これには流石の水樹も苛立ってしまう。
「だから薄いよって言ったじゃん!勝手に食べてなにそれ!」
「自分で温めて用意していただきますまでしたんだから勝手じゃないよ。食べるなって言う暇なんていくらでもあったでしょ。そもそも僕のために昨日作ったんだよね?僕が勝手に食べてなにが悪いのよ。それに僕のために作ったのに龍樹に好み合わせるとか意味がわからないよ。」
「あーあーあーそうですね!全くもう!」
ああ言えばこう言う。
一言えば百返ってくる。
水樹は自分が口八丁なのはよく知っていたし口喧嘩で負けるなんて早々無かったが、水無瀬には勝負を仕掛けるだけアホらしいとさえ思う。
言いたいことは山ほどあるが、言うだけ無駄なのをこの数年で痛感しているので、グッと飲み込んで肉じゃがに味を足していく。醤油と砂糖を少し足して煮込めば十分だろう。
いい匂いをさせている鍋を目の前に、水樹の腹の虫も主張を始めた。
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