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第150話
本格的に空腹に襲われる前にご飯も炊き始めて味噌汁を用意して、全てが出来上がる頃には薄味の肉じゃがは濃い味の染み込んだものへと変貌を遂げた。
改めて肉じゃがを水無瀬に差し出すと、相変わらず面白くなさそうなむっつりした顔。
しかしそれも、一口頬張ると綻んだ。
その様子を見てホッとした水樹もテーブルにつき、手を合わせる。
特にこれといった会話もなく、食器の音を聴きながらゆっくりと食事の時間は過ぎ去っていった。
「おかわりあるよ。」
と伝えると目を輝かせてキッチンに消える水無瀬の背中は、もう不機嫌などではなかった。
「龍樹から君の匂いが物凄くしてね、本当に腹が立った。」
龍樹に比べると水無瀬の食欲は恐ろしいほどだ。傷んだ食べ物への恐怖心から満腹でぐったりするほど食べるせいもあるかもしれないが。
今日も食べ過ぎたとその場に伏せっている水無瀬は、ごろんと寝返りを打って洗い物をしている水樹に微笑みかける。
食器に目がいっていた水樹がその微笑みに気付くことはなかった。
「君に会ったら会ったで龍樹の匂いするし。妬けるよ君たちの仲の良さには。」
仲がいい自覚はある。
けれどその度合いが水無瀬の嫉妬を煽るレベルなのか、それとも水無瀬の心が狭いのか、その判断は水樹にはつかない。
納得がいかなくて少し眉根を寄せると、遠目にそれを認めた水無瀬が小さく笑いながらゆっくりと立ち上がった。
そしてシンクの前に立つ水樹を後ろから抱き締めた。
「でも僕単純だから肉じゃがで絆されてあげる。」
「わっ…危ないなもう…ていうか水無瀬のどこが単純だよ…」
「食べ物で釣れるところ。」
「それは否めないけど薄いって文句言うじゃん…」
「文句じゃないよ、好みを教えてあげてるんだよ。」
「ああそうですか…」
もう言い返す気も削がれて、蛇口を捻って水を止める。タオルで手を拭く水樹のうなじに、柔らかい金髪がふんわりとかかった。
じわ、と心の中に温かい光が灯る。
柔らかな金髪をさらさらと撫でてやると、ふんわりとフェロモンがうなじの噛み痕をなぞって鼻腔をくすぐった。
「仲が良くても、龍樹はただの弟だよ。ここにこうやって触れるのは水無瀬だけだよ。」
龍樹がうなじに触れた時の嫌悪感を思い出す。凄まじいものだった。
「龍樹がちょっと触っただけで、俺飛び上がって跳ね除けちゃったし。…龍樹、気にしてないといいんだけど。」
思わず溢れた苦笑いは、自責の念。
龍樹を傷付けてしまった罪悪感だ。
「…触らせたの?ここ。」
水樹のうなじに顔を埋めていた水無瀬は顔を上げると少し温度の低い声でそう聞いた。
そして冷たい指先でつつ、と噛み痕を撫でる。
じんと甘い痺れが脳を支配して、水樹は少しだけ身を捩った。
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