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第152話
「あ、龍樹!今日はハンバーグ作ってあるよー!」
数日すると、龍樹がよく訪れるようになった。
水無瀬と番になってからというもの距離ができてしまっていた弟がこうして甘えに来てくれるのは水樹にとっては嬉しいことで、毎日龍樹の分まで夕飯を支度するようになってしまった。
稀に訪れない日があっても、翌日には水無瀬が食べきってくれるから、張り切って3人分の食事を用意するのだった。
水無瀬と龍樹も、少しずつ友人関係を取り戻している。
二人で課題を進めたり、授業中の出来事など他愛のない話をしたり、水無瀬が一方的に龍樹を揶揄ったり。そこに水樹が加わると龍樹は手も足も出なくなるのが、かわいそうと思いつつ面白くてやめられないのだった。
距離ができてしまっていた龍樹の方から歩み寄ってくれることで、歪だった3人の友情が少しずつ形を修正し始めているのを感じていた。
ただそこに、ぽっかりと空いた小さな穴。
龍樹の視線を追えばすぐにわかる。恋と憧れを見誤った幼い心を消化しきれていないのが、見て取れた。
それを埋めてくれるのはきっと、龍樹が本当に誰かに恋をした時。そしてそれは、いつになるか皆目見当もつかないことだ。
そしてその小さな穴を、龍樹は空元気という形で補っていた。
それが、水樹にはすぐにわかってしまって、気掛かりであった。
それとは別にも、気になることはあった。
一つは龍樹のことを尋ねてきたΩの教員。あれから少しも姿を見かけない。
龍樹の様子から察するに最近接触したようには思えないが、あんなに必死になっていた割に随分とあっさりしている。
別のターゲットでも見つけたのだろうか、とも思う。番になってくれるαを探しているだけなら龍樹に固執する意味などない。
日が経つにつれ、水樹の頭からあの教師の姿がチラつくことは減っていった。
そして日が経つにつれて水樹の頭を支配するのは、水無瀬が言った『意地悪』だった。
水無瀬はそれについて一切触れない。それが既に意地悪だと思いつつ、それとなく探りを入れてみても上手くはぐらかされてしまう。
「ねー水無瀬、そろそろ意地悪って何か教えてよ。」
「教えちゃったら何も意地悪じゃないじゃない。だーめ。」
「それが既に意地悪い…」
「っていうのは建前で、本当は僕も何しようかまだ考えてない。」
本当に何も考えていないのかそれとも嘘なのか、にっこり微笑む水無瀬の方が一枚どころか五枚は上手だ。それとも俺がちょろいのかと水樹は最近真剣に悩んでいる。
そして日々は過ぎ去って行き、いつの間にか桜の花が散り緑の葉を茂らせ、雨水を滴らせる。
じっとりとまとわりつく湿気にうんざりするものの、日々上がる気温に漸く梅雨明けを感じはじめた6月の終わり。
発情期を迎えた水樹は、やっと水無瀬の言う『意地悪』を痛感するのだった。
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