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第156話

どれくらいそうしていたかわからない。 寒くてふるりと震えた体を抱き締めて目が覚めた時、目の前にはこの世のものとは思えないほどの美貌が静かに寝息を立てていた。 何度見ても完璧な造形だ。 思わずほっと一瞬見惚れて、そして寒さに現実に引き戻される。 行為に耽ったリビングの床で、二人転がって。服も脱ぎ捨てたまま。エアコンも付いたまま。裸で布団もかけずに眠っていたようだ。 水無瀬はよく眠っている。 αの抑制剤に強い眠気の副作用があると言っていたから、そのせいだろう。水樹はベッドから布団を引きずり下ろすと、ふわりと水無瀬にかけてやり、水樹も隣に滑り込んだ。 優しいフェロモンと、人肌の温もりが心地いい。一緒にくるまって少し暖まると、そっと抜け出してカラカラに乾いた喉を潤すべく冷蔵庫を開ける。すると物音で目を覚ましたらしい水無瀬が後ろからミネラルウォーターを掻っ攫っていった。 「…おはよう。僕最後の方覚えてないや…身体平気?」 「あ、うん…とりあえず落ち着いてる。」 「そう、よかった。」 ふわりと微笑んだ水無瀬が眩しくて、渡してくれたペットボトルに口をつけることで誤魔化した。 随分と乱れてしまった気がする。 発情期はいつも思い出したくないが、今回ほど記憶から抹消してしまいたいと思ったのは初めてのことだった。 ちらりと様子を伺った水無瀬は平然としている。意識しているのが自分だけだと痛感させられて、それがまた悔しい。 「今何時?ごめん僕学校行かなきゃ。」 綺麗な髪を乱雑にガシガシと掻きながら背を向けた水無瀬は、最後は覚えていないと言った。 一体、水樹の痴態をどれほど覚えているのか。願わくば全て綺麗さっぱり忘れていて欲しいものだが、抑制剤の効果でヒート状態でもなかったのにそれは無理な話だろう。 水樹は熱くなった頬にペットボトルを押し当てて、ちらりと時計を見た。 「まだ6時過ぎだよ。簡単でよければ朝ごはん作ろうか。」 「水樹の簡単って、いつもあんまり簡単じゃないよね…でもお願い。お腹空いた。」 「水無瀬がいるからだよ。俺一人の時は適当だよ。」 水無瀬も水樹も、昨日の昼を食べたきりだった。 水無瀬はシャワーを浴びに行ったようで、遠くから水の流れる音がする。静かな早朝に響くそれにどこか悩ましい雰囲気を感じてしまうのは、意識し過ぎなのだろうか。 水樹は冷蔵庫を漁って朝食作りに励む間、微かに聞こえるシャワーの音に妙に心臓を高鳴らせる羽目になってしまったのだった。

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