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第158話

ドアが開く音に、一人分の足音。 布団に包まる水樹の様子を伺って、その人はすぐにお茶を飲み始めた。 お帰りなさい、という微かな声をしっかりと聞き取ってくれた水無瀬は、僅かに瞠目して、ふんわりと微笑んだ。 「起きてたんだ。ただいま。」 「うつらうつら、してた。」 「窓開けるよ?すごい臭いだよこの部屋。」 「ごめん…」 「君のフェロモンと精液の臭い。」 「言わなくていいバカ!」 「あはは、元気そうだね。」 よかったよ。 水無瀬はあっけらかんと笑うと、窓を開け放ち外の空気をいっぱいに吸い込んだ。 布団から顔だけを出してその様子を伺うと、水無瀬の青い瞳と視線が合う。そして水無瀬はゆっくりと水樹が包まる布団の横に腰掛けた。 その瞬間ふわりと香ったフェロモンに、じわりと後ろが濡れる。 なんてはしたない。 でも、欲しい。 「ああ、匂いが強くなった。したい?」 「したい…して…」 「だーめ。昨日できなかった3回回ってワンしてもらわなきゃ。」 「なんで、やだ…」 「それともまた足舐めてあげようか?」 「やだぁ…」 ぐすぐすと子供のように泣きながら両手を伸ばして抱擁をねだる。意地の悪いことを言いながらも水無瀬はしっかりと受け止めて抱き締めてくれた。 胸いっぱいに吸い込んだ水無瀬のフェロモンに、下着が濡れた。 「龍樹ね、図書室行くって。」 水樹が申し訳程度に羽織っていたシャツを脱がせながら、水無瀬は小さな声で告げた。 龍樹が図書室に行くのは珍しくない。最近行かなくなったことの方が不思議なくらいだった。 水樹はホッとしながらも、肌に触れる指先にじわじわと身体の熱が上がって行く。 「落合先生に課題手伝ってもらったって言ってたよ。」 その聞きなれない名前に、熱を持った身体が少しだけ冷えた。 「…オチアイ?誰?」 「新任じゃない?現国らしいけど。」 「新任って、前に水無瀬がすれ違ったっていうリス顔のΩの先生?」 「君よく覚えてるねそんなこと。僕も忘れてたよ。」 忘れるはずない。 妙なほど龍樹のことに探りを入れて来たあの若い教師。それがΩだと分かったら、忘れるはずもなかった。 龍樹の様子がおかしくなったのはいつからだった? 春に久方ぶりに過呼吸を起こして、それからやたらと水樹と一緒にいるようになった。 しかしそもそも、なんで今更あんな酷い過呼吸になった? 距離を縮めてくれることが嬉しくて、見落としていた。 龍樹が過呼吸になったのは、あの新任教師となにかあったんじゃないのか。 寮生活という半ば閉鎖された変化のない空間。そこに現れた新任の教師。あの、運命を語るΩの人。 龍樹は運命なんて知らなくていい。 たとえ龍樹がいつか本当に運命の番と出会ったとしても、運命なんてないよと諭す気でいた。 龍樹には、ごく普通の恋愛をして欲しかった。

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