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第161話
「龍樹が僕を見る目は、そこらの人たちと同じだよ。頭が良くて綺麗で優しいαの水無瀬 唯っていう理想を押し付けるフィルターのかかった目。ただそこに座っていてくれっていう目。ただの憧れ、崇拝。わかるでしょ?龍樹は僕の言うことに疑いを持たない。そういうことだよ。」
それは、水無瀬が小さい頃から周りに押し付けられた理想の水無瀬の姿。
そういう理想の姿を要所要所で上手に見せて、逆境を乗り越えて生きてきたんだろう。だからこそ、そういう視線に敏感なのだ。
水無瀬は瞳を伏せて、少し考えてから再び口を開いた。
「…あの時混ざるかって聞いたのは、ちょっとしたその確認。龍樹の視線覚えてる?あの信じられない、みたいな視線。僕が性行為なんてものをしてるのが信じられなかったんでしょ。それも自分の兄と。だって龍樹ってば僕がトイレも行かないと思ってたんだから。」
バカだよね、と水無瀬は嗤った。そう信じ込ませたのは僕だけど、とも。
もしもあの時、龍樹が行為に参加してきたなら、水無瀬は龍樹の視線を恋だと認めたのだろうか。
と、考えてやめた。
絶対にありえない。
仮定の話は嫌いだった。
龍樹が水無瀬に抱いた気持ちが恋かどうかなんて、もはや誰にもわからない。龍樹自身が恋だったと思うならばそれは恋だったのだろうが、水無瀬は認めないだろう。
誰にも、相手にすら認めてもらえない恋など、哀しい。
それに。
「…龍樹は、誰が相手でもセックスなんてしないよ。」
幼い頃の記憶が顔を出す。
龍樹の怯えた目。
獣と化した誠司に抑え込まれて貫かれて、嫌だ痛いと言いながら甘い声を上げる未知の生き物となった水樹を見るあの目。
いつだっただろうか。
何でも読む龍樹が、決して読まないジャンルの本があることに気付いた。映画やドラマの濡れ場を匂わすシーンで、嫌悪をむき出しにして席を立つようになったことに気付いたのは。
「しないっていうか、出来ないんじゃないかなぁ。」
そうしたのは、自分だ。
「…水樹だけの問題なら遠慮なく聞くんだけどね。」
水無瀬の言葉に、遠くへ飛んでいた意識を取り戻す。
一瞬考えて、その言葉の意味を正しく理解した。
「はいはい、どうせ俺は代用品ですよ」
「それでいいって言ったのは君だよ」
龍樹に意地悪したいときの代わり。龍樹のトラウマをほじくり返すことは、龍樹を傷付ける。龍樹を傷付けることの出来ない水無瀬の憂さ晴らし。
「龍樹にこんなことできるわけないでしょ。」
龍樹を傷付けられないのは、水樹に嫌われたくないから。
屈折した、わかりにくい水無瀬の愛情。
水樹だけの問題なら聞けるのは、水樹は多少なら傷付けても離れていかないのを知っているから。
これもまた、屈折した水無瀬のわかりにくい信頼。
うなじに立てられた爪が、肌を少し突き破る。痛みとともに溢れるフェロモン。じわじわと脳を侵す性欲。
僅かに残る理性が問う。
水無瀬、今度は何に悩んでいるのと。
水無瀬が水樹を傷付けるような言動をするとき、それは水無瀬が何か壁にぶち当たったとき。
それは、屈折した水無瀬のわかりにくいSOSなのだ。
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