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第165話
覚悟の上での行動とはいえ、悪い嘘を吐いた後は気分が悪い。
なんとなくどんよりと重い気持ちを心の奥底に押し込めようと部活に来たものの、試験前ということでその日はミーティングだけで終わってしまった。更に言えば明日からは部活動は禁止だ。
「水樹先ぱーい!お疲れっしたー!」
「お疲れー…あ、佐々木テスト明け部活出られるように頑張りなよ?赤点とって補習とかになったら俺引退しちゃうよ?」
「あー!それは出来ない約束っす!水樹先輩お世話になりました!」
「ふざけんなお前ちょっとは頑張れよ!」
元気で間抜けな後輩の後姿を見送ると、少しだけ元気を分けてもらえた気がした。
好きでもない勉強で気を紛らわすことなんて出来ないだろう。かと言って忘れることもできない。
ほんの少しいたずらをしたつもりで、小さな心の傷として残る程度まで忘れることができたら一番いいのだろうが、水樹はそこまで自分に甘くなれなかった。
「はぁ…帰ろ。」
皆テスト前で足取りは重い。
その中でも取り分けノロノロと帰路に着くと、水樹は部の仲間から取り残されていつのまにか独りになっていた。
それに気がつくと余計に足が重く感じて、こんなに気が滅入るなら嘘なんかあんな嘘吐かなければよかったとさえ思ってしまう。
まだ高い位置にある太陽がジリジリと肌を焼く感触。そこら中にある木々は蝉の声が耳障りな不協和音を奏でている。
額を流れる汗が目に入りそうになって、水樹は漸く汗を拭って顔を上げた。
と、その目に映ったのは、見慣れた後ろ姿二つ。
水無瀬と龍樹だった。
「水無瀬ー!龍樹ー!」
特進科も授業を終えたのだろう。
二人はその場で立ち止まりほぼ同時に振り返る。笑顔を見せるでもなくその場に立ち尽くしている龍樹と、ひらひらと緩く手を振ってくれる水無瀬のいつもの姿に少しだけホッとして、水樹は小走りで二人の元へ向かった。
「水樹、部活もう終わり?」
「うん、テスト前だからミーティングだけ。」
「ふぅん。良かったよねテスト前に発情期終わって。」
「ねー。いつも際どい時期…龍樹、部屋来るでしょ?夕飯は食べていく?」
水無瀬と話して少し晴れた気分でパッと振り返ると、それとは逆に弟は浮かない顔をしていた。
なにか考え込むような、後ろ髪引かれるような、そんな表情だ。
「…龍樹?」
「あ、ああ…」
少し校舎の方を振り返って、視線を泳がせる。なんとなく不自然なその動きに気付かない水樹ではない。
「どうしたの?」
常より少し硬い声が出る。
それに気付かない龍樹でもなかった。
「俺、図書室…あー、いや。なんでもない。夕飯、もらう。」
水無瀬には、いつも通りの笑顔に映ったかもしれない。
どこか変な微笑み方。水樹はそれを見逃さなかった。
図書室が、何?
それを問いただす前に龍樹がさっさと寮に入ってしまった。それは水樹の胸に不安というしこりを作り、しつこく根を張っていく。
そのしこりは水樹の期末試験に多大な影響を及ぼし、そして試験後に芽を出すのだった。
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