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第169話

雑に野菜を鍋に放り込んだせいで指先が一瞬鍋に触れてしまい、その部分に見事に赤く痕がついていた。 ほんの一瞬触れただけなのにと少しガッカリしながらヒリヒリする手を振って痛みを誤魔化していると、ガシッと横から白い手が水樹の手を捕らえる。 そして強引にシンクの前に引っ張り、ジャグジを思い切り捻るとその流れの中に水樹の手を突っ込んだ。 「何やってんの、ほら冷やす!」 「え、平気だよこれくらい…ていうか、火!火付いてる!焦げる!」 「止めればいいでしょ火なんて!」 ザァザァと大きな音を立てる水の音に負けないよう少し声を張り上げると、水無瀬はそれ以上の声をあげて火を止めた。 水無瀬が声を荒げるところはほとんど見ない。少したじろいでいると、水樹の手をしっかり握ったまま水無瀬は怒ったような呆れたような溜息をついた。 「君、バカ?」 「んなっ…」 「火傷は最初が肝心なんだよ。料理するくせにそんなことも知らないの?もう…バカだと思ってたけどこんなにバカだと思わなかった。」 綺麗な声で矢継ぎ早にそう言われて圧倒されるも、その内容を理解して黙っていられる水樹ではなかった。 が。 「な、バカバカって軽い火傷一つでなんでそこまで言われなきゃなんないんだよ!」 「小さい怪我を放っておくなって言ってるんだよ!どこから悪化するかわかんないんだから!」 更なる正論に、今度こそ押し黙るしかなくなった。 水樹が大人しくなったのを見て、水無瀬の力が抜ける。しっかりと捕まえられていた腕は、火傷よりもジンと痛んだ。 しばらく水の流れる音を聞いていると、夏のぬるい水道水さえも冷たく感じてくる。 もう平気、と小さく告げると、水無瀬は漸く手を離してくれた。 「…水樹、なんか変だよ?どうしたの。」 先程とは違う優しい声が、鼓膜を通して優しさを体内にゆっくりと注入していく。それが心にほわりと暖かい光を灯してくれる。 それなのに、光が灯ったことで逆に心にある不安の闇が浮き彫りになって、ギュッと掴まれるような痛みを訴えた。 もう一度スマホを見る。 やはり、なんの変化もない。 「なんで、あいつ何にも言ってこないの…」 震えた声は鼻にかかっていて、涙が溢れていないのが不思議なくらいだった。 「運命運命って、なんなのあの先生…どうしよう水無瀬、龍樹変なのに巻き込まれてたら…もうやだ、運命なんか…」 またあんな怪我したりしたらどうしよう。あの時みたいな怖い思いしてないだろうか。 Ωを、あの先生を襲ったりして、誠司のように思いつめたりしないだろうか。 思考は悪い方へ悪い方へと傾いていって、嫌な汗が背筋を伝う。 龍樹のどこか歪な変な微笑み方と、誠司の狂ったような最期の叫びが同時に脳内を駆け巡って、頭がおかしくなりそうだった。 「…水樹、ちょっと落ち着いて。」 そんな水樹の震える肩を優しく包んでくれたのは、他でもない水無瀬だ。 「本当に気付いてないのかもしれないし、もう一度連絡してみよう?僕のスマホも使っていいから。ね。」 甘いテノールが穏やかに、そうまるでレクイエムのように水樹の怯えきった心を静めていく。 こくりと小さく頷いた水樹に、水無瀬は柔らかく微笑んだ。
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