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第170話
「水樹…いくらなんでもそんなに鬼電しなくても…」
「うるさい!自業自得だろ!」
「龍樹かわいそ…」
「火傷したのも全部龍樹が悪い!」
「僕時々龍樹が気の毒になるよ…弟って損だよね…」
自分のスマホと借りた水無瀬のスマホをテーブルに並べ、凝視しながら交互に操作する水樹の表情は険しい。険しいながらも、その目には今にも溢れそうなほど涙が溜まっていて、いかに龍樹を心配しているかが露呈していた。
窓の外はすっかり暗くなっている。
未だ龍樹からの連絡は一つもなく、件のメールに既読もつかない。
水樹の不安は既に怒りへと変わり果てていた。
「水樹ー。お腹空いた。これ食べていい?」
「全部食べてもいいよ。龍樹の分無し。」
「流石に全部は無理かなー。」
水無瀬の苦笑いと共にキッチンから食欲を唆る香りが漂ってくる。水無瀬が鍋を温め直したようだった。
かちゃかちゃという食器の音が頭蓋骨に響いて目の前がチカチカして、水樹は目頭を軽く揉んで一息つくと、一旦スマホから離れキッチンに入った。
「水樹も食べる?」
ほかほかと湯気を立てる鍋の中身は我ながらよく出来た筑前煮。
いつもなら同じタイミングで食事を取るのだが、どうにも空腹感が訪れない。それどころか吐き気さえしてきそうだ。水樹は眉を顰め、首を振った。
ただ漠然とした不安が大き過ぎて身体に不調が出るなんて、割と神経の太い水樹には経験のないことだった。
「龍樹が羨ましいな、食欲無くすほど心配してもらえて。」
「何言ってんの。水無瀬に運命の番なんかが現れたら、もっと気が気じゃないよ。」
まるでゼリーが容器から飛び出すようにするんと出てきた言葉は、水樹にとっては至極当たり前のことだったのだけど、水無瀬にとっては理解ができないほどに意外だったようで、お玉を片手にキョトンとする何処か間抜けな天使様の姿は小さな笑いを誘う。
笑われたことが不服だった天使様が少し膨れた様子で鍋に視線を戻した。
「だって運命の番だよ?やっと俺の隣に落ち着いてくれてる水無瀬を横から掻っ攫っていくんだよ、きっと。考えたくもないよ。」
そう弁解してやると、ガラス玉のような瞳が少し大きくなって輝きを増した。
キラキラ光る透明なそのガラス玉が、今度はゆっくりと細められる。
くしゃりとどこか不器用な微笑み。視線は鍋のまま。
その綺麗な瞳を鍋なんかじゃなくて自分に向けて欲しくて、一歩近付く。すると、滑らかな声が静かに響いた。
「大丈夫だよ、僕の運命の番は君だから。」
え、という意味を持たない言葉は、同時に鳴った間抜けな電子音にかき消された。
水樹のスマホだった。
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