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第175話

落合の、まるで小動物のようなつぶらな瞳が大きく見開かれる。その視線は、水樹の顔とうなじをうろうろと彷徨って、そして最終的に水樹の顔に落ち着いた。 信じられない、という表情で。 「だって、双子なんじゃ…」 「二卵性双生児の性別が違うのがそんなに珍しい?」 「α家系って」 「ひいばーちゃんがΩだったって聞いたよ。」 「でも、でもこの前会った時確かにαのフェロモンが!」 そう言われて、水樹は少し首を捻った。前にこの人と会ったのは、いつだったか。 確か、テスト前に発情期が終わってよかったね、と話したあの日だ。 龍樹はΩが嫌いだよとこの人に嘘をついた日。 「…確かあの時発情期明けだったから、水無瀬…番相手のフェロモンが移ってたかも。自分じゃわかんないや。」 水樹をαと勘違いするのも、無理はない。水樹自身、あの日までは自分をαだと思っていたのだから。 ましてや、散々水無瀬のフェロモンを浴びた翌日なら、Ωの落合にはそれは強烈に水無瀬のフェロモンが香っただろう。さぞ怖かったに違いない。 水樹は落合にバレないように小さな溜息をついて、ネクタイを締め直した。 長年守り続けたそこを、不用意に晒し続けることは未だに抵抗があった。 「Ωなら…」 埃っぽい空気の中、落合の声は熱を孕んで湿り気を帯びていた。大きな瞳には薄い膜が張っている。 その瞳をどこか冷めた視線で見つめていると、落合は急に声を荒げた。 「運命の番がどんなに大きな存在か…Ωならわかるだろ?その噛み痕だって、その若さで番がいるなら…番になってもいいって、なりたいって思える人がいたんだろ!?それってもしかして運命の…」 そしてその先を聞きたくなくて、水樹はおそらく生まれて初めて、考えるより先に身体が無機物への八つ当たりに出るという暴挙に出た。 ガツン!と大きな音を立てて、水樹に蹴飛ばされた錆びたロッカーは無残に凹んでしまっていた。 「…うるさいな、運命運命って…」 『結局、叔父さんも俺のこと幸せにしてくれたわけじゃないんだ。』 遠くから聞こえてきたのは、いつかの自分の声だった。 運命の人に犯されて、先立たれて、幸せを見失った。運命の人無しに幸せになどなれないのかと思った。 運命の人でさえも幸せにしてくれるわけではなかった。 結局、自分で何が幸せかを定めて、その幸せを見つけるしかないのだ。 決して、運命なんかは幸せじゃない。 だから、龍樹は運命なんて知らなくていい。 ただいたずらに心を乱し身体を支配し、本人たちだけでなく周囲にまで影響を及ぼして、そしてなんの解決もせずに去っていく。 そんなもの、もう二度と見たくない。 水樹は一つ深呼吸して、その場に座り込んだ。 誠司の最期の言葉。頭から血を流す龍樹。傷付いた水無瀬の顔。全部全部、運命のせいだ。

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