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第178話
一度決壊したら止まることを知らない。あの日からずっと心の奥底に押し込めてきた疑問、後悔、悲嘆、全てがない交ぜになって濁流のように押し寄せる。
そうだそもそも、俺がΩじゃなかったら。
「おじさ、だって、俺がΩじゃ、なかったら、っ…」
続きは、温かい何かに身体ごと包み込まれて消えた。
落合の、水樹よりも小さな身体から温かな熱と鼓動を感じる。我慢しなくていいよ、と言われた気がして、水樹は堪えるのをやめて大声をあげて泣いた。
Ωじゃなかったら、誠司がヒートに入ることはなかった。
誠司がヒートに入らなければ、水樹が襲われることもなく、龍樹がトラウマを抱えることもなかった。誠司が死ぬことも、なかった。
Ωじゃなかったら、龍樹の前で発情期になったりしなかった。
発情期にならなければ、龍樹の傷を抉って塩を塗るようなこともなかった。
でもΩじゃなかったら、水無瀬とはきっと一生関わらなかった。
全てが必然だったのかもしれない。
だとしたら、どうしてこんな残酷な道を歩ませられたのだろう。自分がΩだったことに、なんの意味があったのだろう。
考えないようにしていた。
今ここに確かに生きているのに、生まれてきた意味を考えるなど馬鹿げている。今生きているのだから、自分の人生を楽しめばいいのだと。
Ωである必要性なんて、考えても仕方がないと。
けれどΩじゃなかったら、こんなにも多くの人を悲しませることはなかったのに、とは、考えないようにしていたのに。
それでも水樹は、どこかでΩであったことにも感謝をしていた。
あの美しい人に触れる権利を手に入れられたのだから。
Ωであることを嫌悪しながら、Ωであることを利用して欲しいものを手に入れる。
ああ、水無瀬の言う通りだ。
『Ωって本当に汚い生き物だよね。』
ごめんなさい、と喉元まで出かかったけれど、誰に何を謝っているのかわからなくて、飲み込んだ。
自分が楽になるための謝罪ほど、薄っぺらい謝罪はない。
ヴー、とバイブレーションの音が微かに響いた。
水樹のスマホはスラックスの尻ポケットが定位置なので、今の体制ならすぐにわかる。
犯人は、落合のスーツの内ポケットだった。
水樹を包み込んでいた体温が離れていき、携帯を確認する。今時の20代には珍しい、水樹は見ることも少ないガラケーと呼ばれるものだった。
「龍樹くんだよ。水樹くんにも連絡行ってるんじゃない?」
穏やかな声でそう告げられて、スマホを確認すると、沢山の通知が来ていた。尻ポケットに入れていてもこれだけの通知に気付かないなんて、余程錯乱していたようだ。
なんだか気恥ずかしくなって、水樹は少し俯き加減にスマホを開く。
上から順番に、龍樹、龍樹、水無瀬、龍樹、水無瀬、藤田、龍樹。
真っ先に開いたのは、要件が予想できなかった藤田だった。部活に来ないことへの怒りのメールだった。
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