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第181話

龍樹から中学を受験しようと誘われたのは小学校5年生の時。勉強が嫌いだったから、正直気乗りしなかった。やるだけやろうと思った。 そして、水無瀬に出会った。 龍樹はいつから水無瀬に惹かれていたんだろう。あんなにαを毛嫌いしていたのに。 水無瀬には、確かに人を惹きつける魅力がある。外見の美しさ以外にも、たとえば話し方だったり、声そのものだったり、仕草だったり考え方だったり。 水無瀬は確かに、性別を超えて人を魅了する。 「それで、水無瀬に出会って…龍樹あんなにαを毛嫌いしてたのに、付き合い始めたんだよね。龍樹と水無瀬。」 「え?水無瀬くんは、水樹くんの…」 「でも俺二人の前で発情期になっちゃってさ、…ふふ、事故だよねほんと。」 龍樹は恋慕と憧憬を見誤ったというが、それだって定かじゃない。本当は龍樹も本気で水無瀬に恋をしていたかもしれない。 水無瀬が適当なことを言っていたのかもしれないのに、水無瀬の言うことを信じてしまっている。 今も、昔も。 あれは、事故だったのだろうか。 変な時期の発情期だった。前触れも何もなく、突然。 水無瀬が何か仕込んだんじゃないかと疑ったこともあった。いや、今でも疑念はある。あの執念ならやりかねないからだ。 けれど、生活に困るほどの貧しさに悩まされる水無瀬が、決して安くはない発情誘発剤なんてものを手に入れられる訳がない。 そう思って、あれは事故だったと納得するしかなくなった。 それに、そう思わなければ、自分がどうにかなってしまいそうだった。 「俺ね、ずっと水無瀬のこと好きだった。」 きっと、入学式で壇上に上がった痩せた幼い天使を見たあの時から、ずっとずっと。 けれど龍樹が水無瀬に恋をして、そして水無瀬と真っ当な恋愛をして傷を癒してくれるなら、自分の恋なんて墓まで持って行こうと思ったのに。 「でも龍樹から奪おうなんて思ったこと、なかったんだよ…」 何が本当なのか、未だに解らない。 幼気な龍樹の思慕を、健気な水樹の兄弟愛を踏み躙っていったあの非道な天使に恋をして、愚かにも溺れてしまった。 酷いと思いながら、我武者羅に愛を求めて手を伸ばす姿に絆された。 本当は解っている。 きっと全てが、水無瀬の手の内だったのだと。 「…本当に…」 馬鹿だな、俺。 涙は出なかった。 自分には泣く資格がないと思った。 ただ狡いだけの自分には。 誰にも告げられなかったあの日の真実を、なぜ知り合ったばかりのこの人に知らせようと思ったのかはわからない。 ただ、思い出しただけだ。 昨日の龍樹の顔が晴れやかだったことを。 もしかしたら、この人なら龍樹を助けてくれるかもしれないと思った。自分がつけてしまった深い傷を癒してくれるかもしれない。 そして、龍樹の傷が癒えたら、自分も少しだけ心が軽くなる。結局また、龍樹のためという名目で、自分のためだった。

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