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第183話
「水無瀬が運命の人だったら、どんなによかったかなぁ。」
そう思ったことは少なくない。
なんでもいいから側に居たかった。
龍樹から奪ってでも水無瀬が欲しかった。それを完全に否定することはできない。
そして水無瀬も、龍樹を踏み躙ってでも水樹を手に入れる必要があった。それは金のためだけではないはずだ。
その暴力的な欲望はまるで運命の悪戯のよう。
けれど、それが運命と似て非なるものであることは、誠司に既に出会っている水樹はわかっていた。
あの時誠司に感じた、我を失うほどの淫欲を、発情期の時でさえ水無瀬には感じたことがない。
水無瀬も水樹に、あそこまで狂ったことはない。
ただ、水無瀬も水樹も自分の欲に抗えなかっただけだ。
「龍樹が先生のものになったら、水無瀬も俺のものになってくれたりしないかな。」
そうまでして手に入れた水樹なのに、水無瀬が水樹に頼れないのは、嫌な言い方をすれば龍樹が邪魔なのだ。龍樹が水樹に依存しているから、自分まで寄りかかってはいけないと思っているのだろう。
だから、龍樹がちゃんと一人で立てるようになったら、水無瀬は安心して寄りかかってくれるんじゃないかと。
やはり、自分勝手な理由で、あの先生に龍樹を押し付けた。
水樹は何かが吹っ切れた気分だった。あまり認めたくはないが、どこかで、龍樹を重荷に思っていたのかもしれない。
足取りが軽い。
気分も軽い。
久しぶりのことだった。
龍樹はもう心配いらないよとあの天使様に伝えたらどんな顔をするだろう。
きっと、元から心配なんてしていないと突っぱねるんだろうけど。
その不貞腐れた顔を想像して小さく笑いながら部屋の鍵を鍵穴に挿すと、後ろから真っ白い手が伸びてくる。
誰のものかすぐにわかるそれは、そっと水樹の手に重なって優しく握られた。
「…おかえり。」
耳元に降ってきた甘い囁きは、やはりどこか不機嫌そうだった。振り返ると、天に愛された美貌が悩ましげに歪んでいる。
水樹はそっと微笑んで、不機嫌な天使様を部屋の中に招き入れた。
「龍樹の相手、本当に面倒だったんだけど。どこにいたの?」
「部室棟。その龍樹は?」
「僕が水樹のとこ行くって言ったらじゃあ俺は先生のところに行くって早々に寮を出たよ。」
「そう…」
もう、心に靄はかからなかった。
そうするのが自然なことだと思えた。
「龍樹、変わったよね。」
水無瀬の硬い声が室内に響く。
振り返ると、その表情も硬い。
一歩歩み寄って、どうしたのと尋ねるよりも早く、水無瀬の方が水樹の手を取った。思わず顔を歪めてしまう程の力で。
「いっ…」
「君は…」
血を吐くような呟きを怪訝に思いながら見上げると、水無瀬の方が痛そうな顔をしていた。
けれどそれを見ることができたのも一瞬で、次の瞬間にはすぐに水無瀬は諦めとも取れる表情を浮かべ、小さな溜息をついて首を振る。同時に掴まれた手も離された。
「ごめん、なんでもない。」
ごめんね、と言いながら、水樹のわずかに赤くなった腕をさすってくれる。それは酷く優しくて、月並みな表現だけれど、まるで宝物にでも触れるかのようだった。
ふと思い出す、水無瀬の意味深な発言。運命の番は君だからと優しく微笑んだ至極の美貌。
「ねぇ、水無瀬…あれは、どういう意味?」
水樹は水無瀬の目を真っ直ぐに見据えた。
逃げる事は許さないと言外にこめて。
「僕の運命の番は君だから…って、どういう意味?」
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