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第186話

水樹は目の前に現れた紙にガックリとうなだれた。 進路希望調査。 それも決定版だ。 「あ〜〜〜…どうしよう…」 ゴタゴタしすぎていてすっかり忘れていた。受験生にあるまじき事ではあるが、本当に忘れていたのだ。 水樹はちょっと泣きたくなりながら恨めしげにそのぺらぺらの紙を睨んだ。 考えてはある。 かなり不純な動機ではあるが、行きたい大学はちゃんとある。が、言い出せずにいるのだ。 誠司の通っていた大学に行きたいと。 今となっては話すこともできない運命の番が何を目指して何を見ていたのか、知りたくなったと。 幸い水無瀬と番になってから成績は右肩上がりで、合格圏内だ。うまくいけば推薦で入れると昨年度末に言われた。 心配なのは入試そのものではない。 親にも相談しないといけないし、加えて水樹には将来を共にするだろう水無瀬という番もいる。 そしてそのどちらも、いい顔をしないであろうことがわかりきっている。 と、思い至って、水樹はまた進路希望調査のことが頭から消え去った。 代わりに現れたのは、下手くそな微笑みを浮かべた天使様だ。 『そのままの意味だよ。』 その先を思い出して、水樹はバッと机に伏せた。勢い余って額を強打したが、気にしていられない。 火でも吹きそうな勢いの赤面が落ち着くまでは、絶対に顔を上げられない。 終業式を終えホームルームも終え、ようやく訪れた夏休みだが、受験を控えた夏ということもあり教室内は微妙な空気を醸し出している。 やがて生徒たちはバラバラと帰路につき始めたが、水樹はその場から動けずに伏せたまま。 ようやく動き出したのは、先に帰るよー、と声をかけてくれた奈美の足音が消え、教室から人の気配がすっかり消えた後だった。 「…帰ろ。帰省の準備しなきゃ。」 心なしか脚が重い。 楽しい夏休みの筈なのに。 部屋に戻るとクローゼットからキャリーケースを引っ張り出す。乱暴に脚で蹴倒して開けてみると、中に何故か龍樹の下着が数枚入っていた。 昔からなんでも共用だったから珍しいことではないけれど無性に腹が立って、その数枚の下着を引っ掴んで龍樹の部屋に向かう。 と、なんと扉が少しだけ開いていた。 その不用心さも妙に腹が立って、遠慮なくお邪魔してわざとらしく大きな音を立てて扉を閉めると、中から楽しそうな声が聞こえてきた。 「うるせーハゲって言っとけば?あーまぁそうですよね。いや俺も面と向かっては言わないし。うん、うん、わかってますって。」 小さく肩を震わせながら電話をしている。その背中を軽く小突くと、龍樹はスマホを耳に当てたまま振り返り、僅かに瞠目した。 「扉くらいちゃんと閉めろバカ。」 電話の向こうに聞こえないように小声で言いながら持ってきた下着を投げつけると、龍樹は仕草だけで謝ってきた。その意識はすぐにスマホの向こうに戻って行った。

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