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第189話

水無瀬は一口コーヒーを飲むと、かちゃりと音を立てたマグカップに視線を落とした。 いつも考えが読みづらいその青い瞳が、いつにも増してその真意を隠している。マグカップは微かに波紋を浮かべるコーヒーがまだ並々と入っていた。 「君と番になっても、結婚は後にして君はご両親の助けで大学に行ける。大卒の君と結婚して、君にも働いてもらって…家計が一緒になったらもっと楽になるでしょ。おまけにいつか遺産が入るかもしれない。だから大学は行かないって思ってたよ。」 と、そこで水無瀬はふっと微笑んだ。 周りが華やぐその微笑みが、自嘲の意を持つと気付ける人はどれだけいるのだろうか。 「思ってたよりも上手くいってたんだけどな、全部。」 ゆるゆると首を振った水無瀬はどこか疲れているように見えた。 蛍光灯に輝く金の髪が振りまくのは光に違いないのに、その光は水無瀬自身に陰を落とす。 痛ましいその表情に思わず手を伸ばしかけたが、それを遮ったのは他ならぬ水無瀬の声だった。 「バチが当たったのかもね。僕の勝手な人生設計の為に君を犠牲にしたから。」 「…バチ?」 「そう、バチ。」 水無瀬はにっこり微笑んでくしゃくしゃと頭を撫でてきた。いつも冷たい水無瀬の手がこの時は温かかった。 きっと飲んでいたコーヒーの熱だろうとは思うのだけど、それが妙に心地良かった。 「人一人の人生を犠牲にした罪悪感に苛まれながら生きていくんだと思ってた。だけど金ヅルでしかなかった君に恋をして、君も僕を愛してくれて…きっと、そんなもの抱かずに自然に楽になっていけると思ったんだけどなぁ。」 「待って、待って水無瀬、何言ってるの?どうしたの…」 急に独り言のように話し出した水無瀬の意図が少しもわからず、水樹は不安感に襲われた。 水無瀬が大学に行かない理由を話していたんじゃなかっただろうか。どうして突然バチが当たったなんて話になったのか。 確かに水無瀬の言う通り水樹は彼の人生設計に巻き込まれたに違いないが、水無瀬の言う通り彼を愛しているのも事実。 少しも恨んでなどいない。 だからバチなんて当たるはずがない。 水無瀬はふわりと微笑んで、そっと水樹の手に触れた。握ると表現するには、あまりに弱々しい手だった。 重なった手の上に額を預け、文字通り項垂れた水無瀬は、低い声でこう告げた。 「500万だってさ。お父さんが自殺した時の…電車に、飛び込んだらしいんだけど。その損害賠償。」 乾いた笑いとともに感じたのは、生暖かい雫の感触。 「お母さん…払えもしない癖に、一緒に過ごした家を手放したくないからって、相続放棄しなかったみたい。」 どうやって払えって言うの…。 血を吐くような嘆きに、なんて言葉をかけてやれば良かったのか、水樹にはわからなかった。

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