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第191話
訪れたのは近所にある大型スーパーで、父は二人を連れて真っ直ぐにアイスコーナーに向かった。
と思えば、高級メーカー品を手当たり次第に籠に放り込んで行くので、高いアイスを買ってもらおうと目論んでいた水樹の方が慌てて止めに入った。
「ちょ、そんなに要らなくない? 冷凍庫がアイスで埋まるよこれ!」
「そんなことないよ。今夜は詩織ちゃんたち来るし、明日は龍樹の番がくるんだろう?で、その日は泊まっていただいてお祭り行くんだろう?お祭りには水無瀬くんも呼んでるんだろう?ほらいっぱい必要。」
「泊まるって話にはなってないけど…」
「今年は水無瀬呼んでないけど…」
「残ってもお母さんが食べるよ大丈夫。」
あっけらかんと笑いながら制覇する勢いでアイスを放り込んでいき、そのまま会計に持って行くと、アイスしか買っていないのに諭吉で漸くお釣りが出る金額になってしまっていた。
それをぼんやり眺めながら、水樹は父の背中に一つ問いかけた。
「お父さん…500万って、大金?」
父は一瞬だけきょとんとした顔をして、再び買い物袋にアイスを詰め始めた。
「そうだね、500万は大金だね。どうしたの急に?お父さん、水樹はまともな金銭感覚に育ってくれてると思ってたんだけど。」
「アイスで諭吉が1人消えるような買い物するお父さんにとってもやっぱ500万は大金なんだ。」
「お、言うなぁ。今度は車でも欲しくなったか?先に免許取らないとダメだぞ。」
「違うよ。免許は取るけど。」
「水樹は昔から物欲がないのかと思えば時々高いおねだりしてくるからな。」
ははっ!と父は軽快に笑い、水樹を駐車場に促した。
ドライアイスを貰いに行っていた龍樹が父の抱えるアイスの詰め合わせ袋を見て苦笑いする。家族の前で随分と砕けた笑い方をするようになった龍樹を見て心からホッとしているのに、水樹の心は晴れないままだ。
熱気のこもった車内の空気を入れ替えるために全開にした窓の外は、寧ろ凶悪なほどに晴れ渡っていた。
「せっかくアイスもたくさん買ったことだし、水無瀬くんも呼んだらどうだい?水樹ちょっと暗いよ。番の顔でも見て元気出しなさい。」
「ベタ惚れだからな、お前。」
「ねぇ、ベタ惚れだよねぇ。お父さん嫉妬しちゃうよ。」
「うっさいよ…」
気恥ずかしくてふいっと窓の外に視線を逃せば、龍樹がくつくつと楽しそうに笑った。
龍樹と水無瀬についてこんな風に話す日がくるとは思わなかった。
もう、水無瀬とのことには踏ん切りをつけたのだろうか。落合と番になって、水無瀬への想いは断ち切ったのか、それとも恋ではなかったことに気付いたのか。
それを確かめる術は無いけれど、なんだかやっと、許されたような気がした。
水樹はやっと少し気持ちが軽くなって、ポケットからスマホを取り出す。
手早く作成したメッセージは、水無瀬に宛てたものだった。
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