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第192話
「去年もこんな色じゃなかった?なんか違うの着せようよー。」
「そんなに種類もねーよ…」
「あっ!これいいじゃん藍色!絶対似合う!」
「はーうるさい…」
龍樹の大きな溜息を無視して、水樹はついさっき受信した水無瀬からのメッセージを表示した。
『いいよ。電車の時間調べてまた連絡するね。』
父親が亡くなり、母親も不安定な今、水無瀬が実家でどんな生活をしているのかわからない。独りなのかもしれないし、もしかしたら怖い思いをしているのかも。
そう考えると祭りに対する色よい返事が聞けただけでも無事を知れた気がして嬉しくて、水樹は何度もそのメールを見返しては口元を緩めている。
「ニヤニヤしてるとこ悪いんだけど。明日駅まで先生の迎え頼むな。」
「え?何で俺…」
「父さんは朝遅いし母さんは化粧に時間がかかるし俺は足がない。」
「最近お母さんのお化粧タイム延びたよね。」
「若作りに余念がないからな。」
しょーがないなー、とあたかも渋々という風に了承したものの、全く嫌ではなかった。
全てを曝け出してしまったあの日から、水樹の落合に対する敵意は無いに等しい。むしろ龍樹が良い方向に良い方向に転がっていくのを見ると、これで良かったのだと心から思える。
誠司に暴行された日に付いた傷に、水無瀬と番になった日に塩を塗った。なんとか傷を癒してやりたいと願いながらもどうしてやればいいのかわからなかった。
それをあの人は、あっさりとやってのけた。
「…ねぇ龍樹。」
「ん?」
「今幸せ?」
龍樹の動きがピタリと止まる。
言葉を選ぶように何度か口を開きかけては閉じて、そして暫くしてコクリと一つ頷いた。
「不安がないわけじゃないけど…良かったと思ってる。」
口下手な弟の、これが精一杯だということはわかっていた。
言ってから恥ずかしくなったのか、ふいとそっぽを向いた龍樹の耳の後ろは僅かに色付いていた。
「…そっか。」
なら、何も言うまい。
水樹はさっと立ち上がって、龍樹の部屋を後にした。
幸せな運命もあるのだと知りたかった。御伽噺やドラマなどではなく。
きっと、龍樹と落合が見せてくれる。
彼らが歩む道に細やかながらも美しい花が咲いていたら、その花を摘んで誠司に手向けたい。
運命はただ残酷なだけではないと、知らずに死んでいったあの人に。
翌朝は大騒ぎだった。
龍樹の番が訪れるからと朝から洗面台を占拠する母。珍しく早起きしたと思ったら一人でファッションショーを始める父。落合が成人しているという情報を聞いていそいそと酒蔵を漁る祖父。
それらを一喝したのは、やはり祖母であった。
きっと緊張しているだろう落合に伝えてあげたい。
何も心配要らないよ、と。
そしてそれは水無瀬にこそかけてあげたい言葉だな、と不意に思ってしまい、水樹は少しだけ沈んだ気持ちで、落合を迎えに行くために家を後にした。
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