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第194話

それを聞いた瞬間、水樹は喉に込み上げる何かをグッと堪えた。 父はαでありながら、落合の、Ωの立場を守ろうとしてくれている。 衝動に負けてうなじに噛みつき、そして死んでいった誠司の二の舞を龍樹たちには決してさせないように。 遺されたΩがどんなに悩み苦しむかを知っているからだ。 ましてや番を捨てて別の誰かの元へ行くなど、言語道断。 そしてそれは、紛れもなく水樹のことだ。 誠司のことを口にはせずとも、ずっと運命というものに悩んできた水樹を、父は見守ってくれていた。 『…誓うよ。』 一拍遅れて聞こえてくる龍樹の声は、小さいながらによく通る。迷いがないからだとすぐにわかった。 ずっと落合の、落合だけの番でいることを、龍樹自身が望んでいるからだ。 『今度は幸せな運命をこの目で見れることを楽しみにしています。』 父の柔らかな声に、堪えた何かはあっさりと決壊した。 幸せな運命も、あったよ。 誠司おじさん。 ぐちゃぐちゃの思考回路は水樹の足から力を奪い、その場で膝を抱えて泣き崩れた。 少しして両親が出てきても動くことができず、情けない泣き声を龍樹たちに聞かれないよう必死に堪えながら、父に肩を支えられてやっとその場を後にした。 両親は何も聞かなかったし、何も言わなかった。 あらあら目が腫れちゃうわよ、と差し出されたタオルだけがひんやりと冷たくて、頭を撫でてくれる手は温かかった。 その温かい手が、言外によく頑張ったねと言ってくれているような気がして、母があなたの分よと差し出してくれたわらび餅を食べながら水樹は暫く嗚咽を零し続けた。 もう、運命に悩む必要はない。 水無瀬が少しずつ解いてくれた運命の鎖の全てが、今漸く音を立てて水樹の身体から滑り落ちたような気がした。 涙が枯れて暫くした頃、畳の上にゴロンと横たわって泣き疲れた頭と心を休めていると、ピロリンと軽快な音を立ててスマホが鳴った。 メッセージは水無瀬からだった。 『朝の電車で行く予定だから、昼前には着くよ。お迎えよろしくね。』 賑やかな絵文字で彩られたメールに、水樹の頬が緩む。メールの様子は普段通りだ。元気にしていてくれるなら嬉しい。 水樹はなぞるように3度そのメールを読み直して、了解と簡潔な返事を返した。 進学は諦めて高校を卒業したら水無瀬と一緒になり、彼の抱える負担を少しでも減らせたら。 そんな考えが頭をよぎる。 きっと水無瀬は良しとしないだろう。自分のために水樹が進学を諦めることを。 けれど元々やりたいことがあるわけではなく、ただなんとなく誠司の見ていた世界を知りたくなっただけで、未練はない。それこそ、水無瀬の存在とは比較にならない。 運命の番に出会っていながら運命に幸せにしてもらえなかった水樹は、自ら幸せを模索するしかない。 水樹はギュッとスマホを握りしめ、身体を起こした。

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