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第195話
その日は遅くまで落合を交えて家族総出で大騒ぎしたせいで、水樹はうっかり寝坊した。
とは言っても普段が早起きなのでたいした時間ではない。それでも、いつも手伝っていた朝食の支度をすっぽかしてしまった罪悪感から台所にすっ飛んで行くと、顔を洗って寝癖を直しなさいと祖母に追い出されてしまったのだった。
戻ってくると既に朝食は出来上がっていて、水樹はすごすごと定位置に座る。隣では落合が心なしかしょんぼりしながら味噌汁を啜っていた。
「先生おはよ!どうしたの?嫌いなものでもあった?」
「あ、おはよう…ううん、俺好き嫌いあんまりないから…」
「え、すごい!俺甘いもの嫌い!」
言いながら手を合わせて食事の挨拶をすると、落合の向こうで龍樹がむっつりと黙り込んでいる。
これは昨夜か今朝か何かあったなと思いつつ、水樹は小さな溜息を一つこぼしただけで口出しすることは控えることにしたのだった。
既に円満である二人を気にかけられるほど、今は水樹自身に余裕がなかった。
夏休み明けには、進路を決めなければならない。
そして夏休み中、水無瀬に会えるチャンスは、今日この後の夏祭りしかないかもしれないのだ。
つまり、今日中に水無瀬に伝えなければならない。昨日決意した未来を。きっと反対されるだろう未来を。
卒業したら、一緒に借金を返していこうと。
「…ご馳走様でした。」
心なしか固くなる声を、誰も不審に思った様子はなかった。
ジリジリと強い日差しが剥き出しの腕を焼いていく。
ほんの少しの外出だからと日焼け止めを怠ったのだが、失敗だったかもしれない。ほんのり赤くなり始めた腕をちらりと見下ろして、今夜のシャワーは冷水に決定した。
待ち合わせ時間の15分前から待ち続け、更に15分が経過した時。
遅刻するなら連絡入れろよと若干苛立ち始めた頃だった。
押し寄せる人波の中に、一際目立つ輝く髪。
改札を抜けてふと上がった青い瞳はすぐに水樹を捉え、そしてふんわりと破顔した。
「なんか久し振りに感じるなぁ、1週間程度なのに。」
電車の中は快適だったのか、汗ひとつかいていない水無瀬の笑顔は普段通りの大好きな優しい微笑みだった。苛立ちも忘れホッと胸を撫で下ろすと、ふと視線の端に水無瀬の痩せた細い手首が目に入る。
平気なふりをしているけれど、やはり多少は無理しているだろう。
痛ましい気持ちになりつつ、水樹はキュッと表情を引き締めて気合を入れ、普段通りの表情を作り出した。
「わざわざありがとね、来てくれて。」
「それはこっちのセリフでしょ?わざわざ迎えに来させて悪いね。」
「ううん…お祭り、楽しみだね。」
「うん。今年はチョコバナナ食べなきゃなって思って。」
「あ、うん…好きにして…」
去年は苦い思い出になってしまった夏祭り。それは紛れもなく浮かれきっていた自分のせいだった。
今年は、大事な告白も控えている。
今年こそ良い思い出になればいいなと思いながら、水樹は水無瀬を連れて自宅へ急いだ。
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