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第199話
ついさっき、そこの射的の屋台のあたりで見かけたんですけど…紺色の浴衣でサラサラっていうかふわふわの金髪でぇ、すんごい綺麗で!思わずじーっと見ちゃうくらい!
でも1人じゃなくて、酔っ払いの男の人3人くらいとあっちの方に行きましたよぉ。
水樹はギュッと拳を握り、カランと小粋な音を立てる下駄を脱いで、足を捻ったらしい落合の側にきちんと揃えて置いた。
女性たちが教えてくれた情報が本当に水無瀬なら、水無瀬は酔った男たちと連れ立っていたという。
この辺りに知り合いがいるとは思えないし、見知らぬ酔った男数人にホイホイついて行くような馬鹿ではない。無理やり連れていかれたか、なにか甘い言葉に釣られて自らついて行ってしまったのかも。
今の水無瀬は、冷静な判断が出来なくてもおかしくない。
女性たちが指し示した、彼らが向かった先は由比ヶ浜の方面だ。
「龍樹、ちょっと下駄ここで脱いでいくから持って帰って。」
悠長に下駄で歩いて探す時間はない。下駄も浴衣も邪魔なだけだ。
どうも、浴衣でお祭りには縁がないようだ。
浴衣の裾を捲り上げて、今から探しに行こうという時。
「待て、お前一人で行く気か?俺も…」
龍樹の言葉に、水樹はカッと全身が沸き立った。
「お前いい加減にしろよ!先生歩けないのにこんな所に一人で放っておく気か!いつまでも優先順位間違えるな!」
一瞬の間。
水樹はそっと下駄を脱いで、落合の側、通行人の邪魔にならない場所に揃えて置いた。塗装されていない道の砂利が素足に突き刺さる。
一つため息をつくと、それが深呼吸の役割を果たして痛みは少しマシになった。
龍樹が、誰よりも何よりも水樹を優先するのは、他ならぬ水樹のせいだ。
誠司の一件から、家族と距離を置くことも、友人関係を広く持たずに側にいてくれたことも、全部全部水樹のためを思ってしてくれていたことだ。
それが果たして良いことなのかと疑問に思いつつ、正解の道を探らず好きなようにさせた水樹のせいだ。
「…もういいんだよ龍樹…俺が1番じゃなくていい、俺に囚われてなくていいんだよ…俺もう、大丈夫だから…」
そして龍樹がこうしていつまでも水樹を一人にさせたがらない理由も、本当は解っていた。
「ごめん龍樹、あの時、水無瀬と番ったのは事故なんかじゃない。俺が自分で首輪外したんだよ。」
水無瀬と番になったあの時、選択権が水樹にあったことを龍樹は知らない。
発情期に当てられた水無瀬が適当な番号で水樹の首輪を外してしまい、そして抗えず噛み付いたと思っている。
水無瀬に水樹を任せたようで、やはりどこかで水無瀬を信頼しきれないに違いない。不慮の事故で番になったΩを捨てる可能性が、全くのゼロではないことを龍樹は知っている。
そう、誠司だ。
もしも水無瀬が水樹を手放したら、水樹がまた独りになってしまう。
だから、水樹を一人にできないのだろう。
苦しかったに違いない。
錯覚かもしれないが少なくとも当時は恋をしていた水無瀬を不可抗力とはいえ水樹に奪われ、そして好きだったはずの水無瀬も信用しきれなくなった。
一番に頼りたかっただろう水樹は、あの頃ボロボロで、頼れなかっただろう。
龍樹こそ、ずっと独りで耐えてきた筈だ。
全部自分のせいだ。
龍樹がこんなにも水樹に執着してしまったのは。
普通の兄弟と同じように少しずつ距離を置けるようになるべきだった。
たとえどんなに傷付けたとしても、水無瀬と番になったあの時の状況を教えておくべきだったのだ。
「俺は、もう大丈夫だよ。…今までありがとう。」
水無瀬を愛しているから、水無瀬もちゃんと愛してくれているから。
もう独りにはならない。
だからこれからは、龍樹が愛した人と、自分のために生きていって。
幼い頃から固く繋がれ続けた手が緩んだ。
離れはしない。
いつか助けて欲しくなったら、いつでも助け合えるように。
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