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第200話

容赦なく素足に突き刺さる砂利は肌を裂いて血を流していく。開いた傷にもまた次の砂利が突き刺さっていき、痛みが和らぐことはない。 人混みを掻き分け避難の視線を浴び、水樹は浜辺を目指して走った。 「そんなにっ…遠くに、行ってるはずが…っ!」 女性たちが水無瀬を見かけたのはついさっきだったという。 この人混みの中、慣れない下駄の水無瀬が酔っ払いと連れ立ってそんなに遠く離れた地に行けるとも思えないが、既に人混みを抜けて由比ヶ浜に辿り着いていたとしたら、危険だ。 夜の海は視界が悪いし、おまけに今夜はお祭りに隠れて人気がない。浜辺ならまだしも、岩陰に連れて行かれたりしたら見つからないだろう。 「…は、はぁっ!はぁ…」 無茶な走り方をしているせいで気道が燃えるように熱く、水樹はその場に立ち止まって両膝に手をついて、深く深く息を吐いた。 少しすると酸素が脳に入ってきて、今度は砂利道を走った足の痛みが蘇る。 既に祭りの喧騒は抜けた。 遠くに聞こえる子供の声と祭囃子に混じって、静かな波の音と磯の香りが鼻腔をくすぐる。 水樹はそれに気付くと、キッと正面を見据えて再び走り出した。 (…陸上やってなかったら、こんなに走れないな。) ペース配分もフォームもあったものじゃないが、少なくともこんなに走り続ける体力はなかっただろう。とっくに足が棒になって座り込んでいるに違いない。 危険から逃げ切るための体力欲しさに陸上部に入った。 結局役に立たないまま卒業するかと思えたが、まさか追う形で役に立つとは。 そして子供の声が聞こえなくなり、祭囃子も随分と遠のいて、やっと見えてきた浜辺に、数人の人影を見つけた。 その中に、夜闇に輝く金の髪。 「…っ、水無瀬!!」 灼けつくような気道に目一杯息を吸い込んで、力一杯叫んだその名前に、水無瀬と思しき人影がぴたりと立ち止まった。 そしてゆっくりと振り返ったその顔は、どこか生気の抜けたようなぼんやりした表情。 立ち止まった水無瀬の腕を見知らぬ男が掴んだ。 距離がありすぎてなにを話しているのかは聞こえなかったが、水無瀬の表情が僅かに歪んだのだけは見逃さなかった。 水樹はその表情を見て、疲弊し怪我までした足を叱咤して全力で走り出した。 酔っ払い数人と下駄の水無瀬に追いつくのは、あっという間のことだった。 「なんだぁ?お友達か?一緒に楽し…ぐえっ!!」 走った勢いのまま、水無瀬の腕を掴む男の脇腹に正拳突きを打ち込むのに、迷いは一片もなかった。 見事に吹っ飛んだ男はその場に蹲ってむせ込んでいる。 流石に肋骨が折れたりはしていないだろうが、思い切り打ち込んだから相当効いたに違いない。 汚れたものを見るような侮蔑のこもった視線でそれを見下ろすと、仲間の男が一人殴りかかって来た。 咄嗟に隣の水無瀬を突き飛ばして男から遠ざけると、男の拳をひらりと避け、男は酒のせいかその殴りかかった勢いを制することができず勝手に派手に転んだ。 「このっ…ぶっ!?」 そして残った一人に向き直ると、水樹は着ていた浴衣の袖を握りしめ、その口の中に突っ込んだ。

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