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第201話

突然口の中に衣服ごと手を突っ込まれた男はふがふがと間抜けな声を出しながら怯えた目で水樹を見下ろしている。 突然現れて仲間たちを次々薙ぎ倒していった水樹が自分の口を封じて何をしたいのかがわからないに違いない。わからないというのは、それだけで多大な恐怖を与える。 水樹はズボッと手を引き抜き、男の真下から凄んだ。 「今すぐそいつら連れてどっか消えろ…じゃなきゃこの浴衣に付いた唾液の持ち主にレイプされたって警察に突き出すからな…」 そう言ってうなじについた噛み跡を見せつけると、ヒッと短い悲鳴をあげた男を突き飛ばし、仲間たちの方へ押しやった。 一度尻餅をついた男は、転んだだけの男と顔を見合わせ、蒼白な顔をして未だ脇腹を抑えて蹲っている男を連れてそそくさと立ち去った。 番がいるΩは、相手のα以外と性行為が出来ない。激しい拒絶反応で、その時だけでなくフラッシュバックなどで後々も苦しめられる。 それは広く知られている事実で、それ故に番がいるΩへの強姦犯罪は惨虐性が高いとされる。刑罰も重く世間の目も厳しいものになる。 まず間違いなく、お茶の間の晒し者だ。 水樹は3人の情けない後ろ姿が見えなくなるまでその背中を睨みつけ、男の唾液で湿った不快極まりない袖を破り捨てた。 そして、先ほど水樹が男から遠ざけるために突き飛ばしたまま、呆然とその場に座り込んでいる水無瀬が視界に入った。 綺麗なアーモンド型の瞳を丸くして、食い入るように水樹を見つめている。キラリとなにかが光った気がしたのは、恐らく水無瀬の髪に反射した月の光だ。 こんな時までも美しい水無瀬が、見たところどこにも怪我はしていないようで、水樹は安堵の余りその場に崩れ落ちた。 「水樹…」 「…んのバカ!アホ!クズ!」 「えー…」 「クズ!!」 「2回言われた…」 崩れ落ちてしまったら、呼吸は苦しいし脚は傷だらけでものすごく痛いし、なにより安心したしで、涙が次から次へと滝のように流れ出てくる。もう頭の中はぐちゃぐちゃで、行き場のない怒りが苦しくて、水樹は弱々しく水無瀬の胸を殴った。 トス、と情けない音が響いた。 そんな水樹の肩をそっと撫でた水無瀬は、自分が心配をかけていたのはわかりきっているから、どうしていいのかわからないようで、これまでにないほど不器用な手つきで背中をさすってくれるだけだった。 「も、…っなんなのお前!…はぁっ、なんでこんな手がかかるの!知らない人に、っ、付いてっちゃいけません!」 「うん。」 「バカじゃないの!?何されてたか、わかんないよ!?…っ、殺されたらどうすんの!」 「うん、ごめん。」 「俺の側からいなくなるなバカ!も、…もう、どうしよう、てぇ…」 それ以上は言葉にならなくて、ただ嗚咽をこぼすしか出来なかった。 小さな子供のように泣きじゃくる水樹をそっと抱きしめてくれる水無瀬は温かくて、たしかな鼓動を伝えてくれて、それが余計に泣けてしまった。 ひたすらに泣き続ける水樹と、不器用に寄り添う水無瀬を、由比ヶ浜の綺麗な海だけがそっと見守っていた。

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