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第202話

泣きすぎてガンガン痛む頭を水無瀬の肩に預けていると、サラサラと髪を弄んでくる手。真夏だというのに少し冷たい指先が、火照った額に心地良かった。 水樹はその指先を堪能しながら、自分の携帯を水無瀬に差し出した。 「…龍樹も先生も心配してるだろうから。電話かけておいて。充電切れてるんでしょ。」 「ああ…いや、切れてないよ。出たくなかっただけ。お母さんだったら嫌だから。」 それだけ言って、水無瀬は勝手に水樹の携帯から龍樹に電話をかけ始めた。 その言葉から察するに、父親が亡くなってからやはり以前よりも母親との関係は難しくなってしまったようだ。 「あ、もしもし龍樹?ごめんね心配かけて…やだなぁこの年で迷子なんて、忘れてね?やー参った参った。携帯の充電切れちゃうし、親切に道案内申し出てくれたお兄さんたちも迷子になっちゃうし、僕今朝の占い3位だったのにね?」 普段通りの明るい声でさりげない嘘を繰り出す水無瀬の表情は、どこか物憂げだ。 そんな顔をしながら明るい声を出すなんて、器用な奴。その器用さに、何度騙されたことだろうか。 「…え?いるよ。なんでこの子裸足で走ってきたの?足ボロボロだよ。」 「お前が変なのについて行くからだろ!」 「ほらね、元気でしょ。ごめんね、すぐ合流するから。…うん、うん、水樹の携帯はまだ充電生きてるから大丈夫。じゃあ後で。」 細く綺麗な指先が綺麗な音を一度だけ立てて画面をタップし、通話は切れた。水無瀬は律儀に画面をハンカチで軽く拭いてそれを渡してくる。 こういう時に思うのだ。 変なところばかり気がつくんだから、と。 なんとなくジト目でそれを見つめていると、ニコッと愛想笑いされてしまって、肩から力が抜けてしまった。 脱力したままスマホを受け取るために手を伸ばし、スマホを介して水無瀬と指先が触れ合って、そしてその手を引かれる。 一瞬の間に、水樹は水無瀬の腕の中に収まってしまった。 「ちょ、水無瀬…?」 「…自棄になってたんだ。」 ポツリと溢れた甘い声は、切なさを含んで僅かに揺れている。 小さな声は、このゼロ距離でなければ波の音に攫われてしまいそうだった。 「君が焼きそばの列に並びに行くのに、あっという間に人の波に消えて…その後ろ姿見てたら、遅かれ早かれ君もいつかは僕の前から消えるんだなって。」 水樹を抱く腕に、ギュウッと力が込められる。それはまるで存在を確かめるようでありながら、逃さないようにしているかのようで。 息苦しくて、心地良い。 「君の人生を犠牲にしてまで守ろうとしたのに、お父さんは勝手に死んじゃうし、お母さんは手が付けられないし、おまけには過ぎる借金まで付けてくれてさ。流石に君も愛想尽かすだろうなって思ったら、あのままもう会えない気がしたんだよね。」 クスッと小さく耳元に届いた笑い声は、自嘲だ。 「君は、こっちから突き放しても僕を見捨てたりしないって…知ってたはずなのに。」 どうしてそんな風に思ってしまったのか、きっと水無瀬自身わからないのだろう。そのくらい、精神的に参っているのだろう。だからこそ、やはり一人にすべきではなかった。 水樹はグッと奥歯を噛み締めた。 「…海にでも行かない?って言われて、なんでだろう、思い出しちゃったんだよね。」 ぽた、と生暖かい雫が首筋に伝ってきて、水樹は思わず水無瀬の痩せた背を抱き返した。 「唯の瞳の色は、お父さんとお母さんが新婚旅行で行ったタヒチの海みたいだなって、いつかみんなで見に行こうな…て、お父さん、昔いつも言ってて…その話をしてる時はね、お母さんもいつも笑顔だったんだよ…」 小さい時は、いつか本当に行ける日を夢見ていた。成長して、貧困に喘ぐ自分たちにとってそれがどんなに難しい夢かを知った。 忘れてしまうことで諦めた夢は、思い出した今、もう絶対に叶うことはない。

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