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第204話
ふっと意識が戻る。
ゆっくり目を開けると、きらきら輝く金色の長い睫毛。
きっと、嘗て美を追い求めた巨匠たちは、こんな姿を想像していたに違いない。それ程に、水無瀬の寝顔は神秘的だ。
温かな朝日に照らされて、まるで嘘のような水無瀬の美貌に拍車がかかっている。
しっかりと繋がった手の感触が、水無瀬の存在を確かなものだと教えてくれた。
「お父さん、話があるんだけど。」
いつものように盛大に寝坊してきた父が1人で朝食をのんびりと食べているところに声をかけると、味噌汁を啜りながら眠たげな表情で水樹と水無瀬の表情を交互に見て、座りなさいと視線で促した。
ワイドショーを見ながら一人で笑っていた祖父も、水樹のいつになく真剣な表情に困惑したようで、一瞬戸惑ったようにキョロキョロしてからテレビを消した。
「あー、じいさんはいない方がいいか?」
「ううん、平気。ごめんね。」
「あ、そう…」
祖父としてはいない方がいいと言ってくれた方がいっそ気が楽だったかもしれない。重苦しい空気で息子と孫、そしてその番が向き合う中、居心地悪そうに祖父は頬をかいた。
水樹は膝の上でグッと拳を握ると、正面の父を挑むように見上げた。
「…進路なんだけど。」
父はズズッと音を立てながらお茶を飲む。視線は水樹から逸らさないまま。
「大学には行かないで、水無瀬と結婚したいと思ってる。」
ブッと盛大に吹き出したのは、祖父の方だった。
凄い勢いで噎せ返る祖父の背中をさすろうと思わず腰を浮かせた水樹に、祖父は咳き込みながら仕草で続けろと促した。
父は静かな音を立てて箸を置いて、腕を組んで水樹を見つめた。そして一つ小さな溜息。言葉を選んでいるように見えた。
「…好きにしなさいと言いたいところだけどね。君らが若いうちに番になった理由を僕は知らないし、合意の上での番なら根掘り葉掘り聞く必要もないと思ってる。でもね、結婚は別だ。二人とも大学を出て就職してからでも何も問題ない。結婚を急ぐ理由があるなら聞こう。ただ早く結婚したいだけなら却下だ。まさか妊娠してるなんて言わないよね?」
それは想像通りの答えだった。
父の厳しい視線も想像の通りだ。
射抜くような父の視線は、見慣れない分恐怖も大きい。基本的に父は水樹に甘いから余計にだった。
結婚を反対されても説得するつもりでいたし、どうしてもダメだと言われてもそうするつもりでいた。よりよい道へのアドバイスは聞いても、頭ごなしの反対は聞き入れるつもりはなかった。
覚悟の上で来たはずなのに、心臓は過ぎる緊張に痛いほど高鳴っている。膝の上で握った拳の指先が白くなった時、それはふわりと冷たい感触に包み込まれた。
「…父が遺した借金があります。」
それは静かで、囁くようなものだった。
けれど水無瀬の声はやはり甘くよく響き、一瞬で場の空気をものにしていく。
父も祖父も、そして水樹も、水無瀬の言葉の続きを待った。
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