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生まれたばかりの赤ちゃんだった双子の甥っ子は、瞬く間に成長していった。 言葉を覚え元気に走り回れるようになると、甥っ子たちはますます可愛く感じた。特に兄の水樹の方は誠司によく懐いて、覚束ない足取りでよたよた歩きの頃から誠司に付いて回った。 逆に弟の龍樹はちっとも懐かない。というよりは、母の沙耶香と兄の水樹以外はなかなか受け入れないという頑固な人見知りだった。 そのせいか、水樹ばかりが可愛く見えた。 誠司が学校に行こうとすれば玄関まで付いてきて、バイバイと手を振ると大声をあげて泣く。帰ってくると玄関まで走ってきて、満面の笑みを浮かべた。 トイレにも付いてきそうになるのは勘弁して欲しかったが、汚れを知らないキラキラ光る大きな目が糸のように細くなるほどにっこり笑う水樹が可愛くて仕方なかった。 「水樹はパパより誠司が好きか…」 父親である庸が帰宅しても見向きもせず、せいじくん、だっこ!と、拙い言葉と共に両手を伸ばす姿を見て、庸はがっくりと項垂れ、誠司は勝ち誇った笑みを浮かべた。 「ムカつくからオジサンと呼ばせよう。誠司おじさんだよ、水樹。誠司おじさん。誠司は叔父さんなんだからね。誠司おじさん。」 「あっ!やめろふざけんな!まだ10代だぞ!」 成長するにつれ、龍樹も誠司に懐いてはきたものの、元来大人しい性格らしくジッと本を読んでいることが多かった。 そんな龍樹を見て、膝に乗せて龍樹が自分で読むには少し難しい絵本を読んでやると、それはそれは喜んだ。そしてそうしていると、俺も!と水樹も膝によじ登ってくるのがまた可愛い。 テニスで全国大会に行く野望はさっさと捨て去り、厳しい練習よりも甥っ子たちと遊ぶほうが楽しくて早々にテニス部を退部した誠司は、高校では部活に入らず放課後は甥っ子たちと走り回った。 休みの日も、基本的には甥っ子たちと動物園や遊園地に足繁く通った。 「橘、付き合い悪いよなー。」 クラスメイトはそう言って文句を言ったが、その度に携帯の待ち受け画面を見せてやった。 「こんな可愛い子が家で俺を待ってるんだぞ…カラオケなんか行ってる暇ねーよ!」 待ち受け画面はいつだって甥っ子。可愛く撮れるたびに更新するので、いつも画面は違ったが、度々水樹一人の写真になるのは、水樹の方がいい笑顔を向けてくれるからだと思っていた。 いつだって満面の笑みでくっついてくる水樹。 一緒にお風呂にも入りたがったし、嵐の夜は枕を持って誠司の部屋を訪れる。出かけるときは迷わず誠司と手を繋ぐ。 小さな身体を抱き上げると、いつもふんわり甘い香りがして、きゅんと胸の奥が疼いた。 女の子が小動物にときめくような、小さな可愛い生き物に対するときめきだと、そう思っていた。 それに疑問を抱き始めたのは高校2年生になってすぐ、双子の甥っ子たちが4歳になる誕生日を目前に控えたときだった。 誠司に、初めての彼女が出来た。 相手は隣のクラスのαの女の子だった。αらしく成績優秀で運動神経も良く、少し前から生徒会活動をしているらしい活発な女の子で、それでいて気取らない可愛い子だった。 告白は彼女からだった。 皆に羨まれ、誠司は久々に小さな王様気分を取り戻し、彼女に相応しいカッコいいαの男になろうと決意した。 そして付き合って最初の土曜日。 その日は、甥っ子たちの誕生日だった。 もちろん忘れていた訳じゃない。 ちゃんと覚えていて、前々からプレゼントも用意してあったし、その日はちょっと遠い有名なテーマパークに行こうと約束していた。 二人ともものすごく楽しみにしてくれていて、水樹は特に楽しみにしている様子だった。誠司の部屋のカレンダーに毎晩バツ印をつけにくるくらいには。 しかし前日の金曜日、その彼女から初めてのデートに誘われて、断れなかったのだ。 『明日、映画行かない?観たいのがあるの。』 「明日はちょっと…甥っ子の誕生日で。」 『え、甥っ子?そうなんだぁ…私も2歳?になった姪っ子いるけど、誕生日覚えてないや。そんな重要に考えてなかった。』 という彼女の言葉に、誠司はハタと思い至ってしまった。 そういえば、俺は全ての休日を甥っ子たち、特に水樹に費やしてきた。 もしかして、俺、変なのかも。 いや、甥っ子が可愛いと思うのは変じゃないと思う。けれど、自分の友達や、ましてや彼女よりも優先するべきなんだろうか、と。 「…映画、行こう。」 『え?大丈夫なの?』 「うん、大丈夫大丈夫。」 テーマパークは来週にすればいい。 誠司はそう軽く考えていた。

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