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「せいじくんのウソつき!!だいっきらい!!!」 翌朝、双子の甥っ子たちに急用が出来たからテーマパークに行けなくなった、来週行こうと伝えると、水樹は大きな瞳にみるみる涙を浮かべ、それをボロボロ零しながらこう叫んだ。 しまった、と思った時にはもう遅い。 水樹は手がつけられないほどに泣き喚き、龍樹はしょんぼりしながらそっか、と一言零して沙耶香にしがみついた。 水樹のこの世が終わるかのような大泣きを聞きながら玄関で靴紐を結ぶと、心の声が聞こえてくる。 本当にこれでいいのか?と。 「誠司。」 優しくかけられた声に、誠司はゆらりと振り返った。 「兄ちゃん…」 「急用ってどうした?珍しいな、お前があいつらより優先するなんて。」 そこにいたのは庸だった。 庸の表情に怒りや呆れは少しも伺えない。けれど、誠司はやはりバツが悪くて視線を逸らした。 「…彼女が、出来て…」 その小さな一言だけで、庸は察した様子だった。 ふっと小さく微笑んで、誠司の隣に腰掛ける。誠司の視線は、中途半端に結ばれた靴紐のままだ。 「そっかーなるほどなぁ。いやね、兄ちゃんも沙耶香も実は少し心配してたんだ。放課後は真っ直ぐ帰ってくるし休みもずっと遊んでくれてるだろ?物凄く助かるしあいつらも喜んでるけど、お前も自分の友達と遊んだりしたいんじゃないかなってね。」 誠司はゆっくりと語り、ぐしゃぐしゃと誠司の頭を撫でた。 そうされるのは随分久し振りだ。もしかしたら、二人が生まれてからは初めてかもしれなかった。 「気にせず行ってこい。水樹もあの勢いならそのうち泣き疲れて寝るだろうしね。」 そして後ろ髪引かれながら、家を後にした。 映画はベタベタのラブストーリーを流行りの俳優が演じたもので、ちっとも面白くなんかなかった。 スクリーンを眺めながら頭に浮かぶのは、水樹の泣き顔。大きな瞳から大粒の涙を零して大っ嫌いと力一杯叫んだ水樹は、あの後どうしただろうか。 映画が終わり彼女がトイレに行っている間、誠司はグッズコーナーにいた。 水樹が少し前まで好きだったアニメのグッズがずらりと並んでいる。今でもそのアニメは観ているが、前ほど熱中はしていないようだった。 少し迷い、アニメキャラクターがカッコよくポーズを取った人形を手に取る。値札には映画公開記念限定品と書かれていた。 誠司はそれを一つ購入し、そっと鞄に忍ばせた。 ─── 「今日、楽しくなかった…?恋愛もの好きじゃなかったかな…」 ファミレスで夕飯を食べてデザートを待っている間、彼女が少し落ち込みながら言った。 「あ、いや!違うんだ、ごめん…昨日寝付けなくてさ、実は冒頭ちょっとだけ寝ちゃって…したら話がわかんなくて。」 「…最初寝ちゃうとわかんないよねー。私は原作のマンガ持ってるからわかるけど、知らないと分からなかったと思う!」 「原作、貸してよ。」 「うん!」 そして運ばれてきた一つのチョコレートパフェを二人で食べた。 水樹はガキのくせに甘いもの嫌いだよなぁとそんなことを思い、駅前の細やかな頼りない照明に照らされて、誠司はその日初めてのキスを経験した。 ─── 「ただいま…」 帰宅したのは22時近かった。 リビングに顔を出すと、庸の膝を枕に身体を小さく丸めて水樹がすやすやと寝息を立てている。 それを見て胸が強烈な痛みを訴え、誠司は堪らず顔を顰めた。 「おかえり。楽しかったか?」 庸の穏やかな問いに、誠司は無言で 頷いた。楽しくなんかなかったけれど。 庸は恐らくその嘘に気がついたけれど、何も言わずに穏やかに微笑んで、水樹の肩を叩き始めた。 「水樹。水樹、誠司叔父さん帰って来たぞ。おーい橘 水樹くーん。」 「え、起こすのか?」 「さっきまで頑張ってたんだよ。今朝大っ嫌いって言っちゃったの謝るんだって…かなり眠そうだったから、帰ってきたら起こしてあげるって約束したんだよ。おーい水樹ー!」 「んんー…んー…」 不満気な声を上げて、水樹は目元を擦りながらムクリと身体を起こした。 ほとんど開いていない目でキョロキョロと周りを見回して、やがてその目は誠司を捉えた。すると、一瞬止まって、ブワッと大粒の涙を零し始めた。 「せっ…せぇじくん、おれっ、おれせいじくんきらいじゃない…!ごめんなさいぃ…せいじくんだいすきぃぃ…」 ぽろぽろと綺麗な涙を流しながら寝起きの覚束ない足取りで両手を伸ばしてくる水樹を、誠司はしっかりと抱き留めた。 耳元でわんわん声を上げて泣く水樹の小さな身体をギュッと抱きしめると、ふわりと優しい甘い香りがした。 「ごめん…ごめんな水樹…」 ─── 時刻は深夜を回った。 誠司のベッドでは頬に涙の跡を沢山作った水樹がぐっすり眠っている。手には誠司が映画館で買ってきたアニメの人形をしっかり握りしめて。 誠司はその寝顔を眺めながら、今日のことを思い出した。 大泣きする水樹を置いてまで行った映画。休憩を兼ねて入ったカフェ。手を繋いで歩いた公園。パフェを食べたファミレス。 そしてキスをした駅。 女の子じゃあるまいし、キスに夢なんか見ていなかった。 けれどなんとなく、もう少し興奮を覚えるのかと思っていた。女の子特有のいい匂いを感じるとか。 特に何もなかった。ただ柔らかいなにかが唇に一瞬引っ付いただけ。 いい匂いも別にしなかった。 匂いといえば、水樹はいつもいい匂いがする。花のように華やかで、砂糖菓子のように甘くて、どこか中毒性すらある匂い。 唇だって、あの子よりも水樹の方が赤くて瑞々しくて美味しそうな── 「…え…!?」 ハッと我に返った。 今、俺は何を考えた? 水樹は相変わらずスヤスヤと眠っている。 誠司はゾッとして静かに部屋を後にすると、風呂に入ったばかりにも関わらず頭からシャワーを浴びた。 誠司が初めて、水樹を性的に意識した瞬間だった。

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