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第3話

「……え、また伸びた?」 「ニワこそ、ちいさくなった?」  起床するたびに大きくなる狼の子に驚きを隠せない。子猫のように道端で鳴いていたのに、いつの間にかよく話し、よく歩き、よく走る。育ての親としての色眼鏡を差し引いても、驚くほど聡明で飲み込みも早い。家の仕事はほとんどできるようになったし、己と他の力の差を認識し他者を尊重できる視野と心の広さがある。狼族は力が強い。丹羽が人族であることを置いても、他の獣人と比べて歴然としている。  肩から滑り落ちた丹羽の黒い髪を掬いあげる手も大きくなった。  こんなに成長が早ければ、自分は要らなかったのでないか。育てると、そこまで気負わなくてもよかったのかもしれない。人族とは、本当に成人するのに時間のかかる種族なのだろう。精神面を考えれば、丹羽自身まだまだ成長しきれていないのだが。 「食べない?」 「食べるよ。ありがとう」  食生活も改善した。ひとりの時は身体の機能が落ちれば機械的に口に運ぶ程度だったが、育ちざかりがいるのだ。そうもいかない。栄養価も考えて作った規則正しい食事に、健康状態も良くなった。どのようなシステムか不明であるが、迷い人であるはずの丹羽の元にも国から驚くほど沢山の補助をもらえている。おこぼれに預かって、体調はすこぶる改善した。上司からの顔色の悪さの指摘もなくなった。そして、無関心だったこの世界を知ろうと、己の足元から視線を上げた。  見分(けんぶん)を広げてかみ砕かなければ、この子に伝えられない。  拓けた視線の先は、思いのほかあたたかく、やさしく広い世界で目を見張ったものだ。  侮蔑、怒気、畏怖……さまざまな感情は己に向けてだけではなかったし、迷い込んだ人族である己に対して、周囲の掴みあぐねていた距離感の結果も多分にあったらしいことを知らされた。  それも、この子が来る前であったら、素直に飲み込めなかっただろう。 「どうしたの?」  腕に囲む、柔らかな手触りに頬ずりをする。 「んーん。僕のところに来てくれて、ありがとうって」  自分にとって、この子はヒカリそのものだ。 「コウはキラキラをいっぱい持っているんだよ」 「きらきら?」 「そう、キラキラ」  みんな持っている。同じくらいの量を。その限りあるキラキラを、どのように使うか、だ。  周りを見渡す余裕ができたのならば、彼女やあの子にも向き合えるだろうか。見上げた空には、数多の星と共に月のような惑星が二つ。 「僕が今までいた所では……えっと、パートナーとか番にあたる人が僕にもいたんだよ」  旦那や奥さんでは解らないだろう。元々あの小さな島国での男尊女卑が語源であるし、性別関係なく番としてそれぞれが対等な立場であるコチラでは知識としても要らぬだろう。 「とてもたくさんの自分のキラキラを、僕はもちろんだけど、それだけじゃなくて他の人にもたくさん、本当にたくさんあげて眩しい人だったんだ」  やさしく強い人だった。己の身体でギリギリまで粘って、大切な宝を産みだしてくれた。 『貴祝(たかのり)さん』  声は一番はじめに忘れると聞いたが、まだ振り返ることが叶う。彼女が居ない今、キラキラの欠片になっても、ずっとウジウジしている自分を励まし続けてくれている。 「子供もいてね。会ったばかりのコウと同じで、すっごく小さかったんだよ」  その子も出生した直後からたくさんのキラキラを、周囲に力いっぱい分け与えた。だから、無くなってしまったキラキラと共に己の手を離れた。命そのものを燃やしていたと言っても過言ではない。二人とも驚くほど輝いて美しかった。身勝手な意見を言うならば、そんなに急がなくてよかったのに、と。それだけが文句だ。 「……ニワさみしい?」  それは別離についてか。 「寂しいのは、そうだね。でも──」  力が入って小さくなった、もふもふを抱えなおす。 「でも、それ以上に楽しい思い出もたくさんあるよ。それにあの二人に、キラキラをいっぱい持ってるコウに会わせてもらったんだよ」  コウとは煌。かがやく希望。  地味で素朴な僕に、余りある光をくれる。  どのような経緯で自分の手元に来たのかは結局不明のまま。こんなに素晴らしい宝を手放したのは、大きな理由があったのだろう。 「ずっとニワといる!」  丹羽の腕を押し返すようにして、身をよじった幼い顔。振り返った、色の違う瞳は強い意志を宿している。 「ありがとう」  だが近い将来、この子も己の手を離れるだろう。妻や子とのような死別ではなく、成長という形で。それが誇らしいと同時に、寂しくもある。  耳元を舐める舌にくすぐったさを覚えつつ、丹羽は再び腕のぬくもりを抱きしめた。

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