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Ⅲ:2
◇
不良仲間は学園の外の方が多い。回数を限られた外出日数など気にしてられないので、その日も遅くから寮を抜け出した。
秋月のお陰で最近は羽振りが良い。どうやって稼いだかなんて絶対に言えないけど、連れや後輩にでも奢ってやろうといつもより多めに入れた財布をポケットに突っ込んだ。
消灯時間をとっくに過ぎた寮は、外灯があっても暗い。忍には有難い明るさだが、逆に辺りの注意も厳重にする必要があった。
(……誰か、居るな)
風紀委員が見回るにしても時間が遅すぎる。少々訝しみながら、足音のする方をジッと見つめる。
(え、あれって)
少し前の自分なら分からなかったはずの、その後ろ姿。それは、いつも水を取りに行くと言って俺の部屋を出て行くあの後ろ姿と良く似ていた。
「秋月…?」
それから暫く経っても、夜中に秋月の姿を見かけたのはこの時だけだった。だから、その日見たことを俺はすっかり忘れていた。もう一度、その後ろ姿を見るまでは。
◇
「やーべやべ、財布忘れたわ」
いつものように学園を抜け出して途中まで行ったところで、ポケットに携帯しか入っていない事に気付いた。
今日は秋月との約束が無い日。お陰で何時もより大分早く寮を出て来れたと言うのに、今から戻ればそれが水の泡だ。かなりのタイムロスに舌打ちを打つ。だが財布が無くては何も出来ないし、あまり会う機会のない奴に金を借りる訳にもいかない。
「わりぃな、ちょっと待ってて」
バイクに乗せてくれていた連れに頼んで寮の近くまで戻ってもらい、高いフェンスを乗り越えた。
(げっ、こんな時間に誰か居る)
寮の敷地内に入ると、静まり返った暗闇の中から忍ばせた足音が聞こえた。
こんな時間に誰だよ、とイラつきながら姿を隠す様に壁に背を付けて盗み見ると、思わぬ人物が姿を現した。
(秋月…)
緩いウエーブのかかった黒髪が目元を隠し、相変わらず顔はハッキリ見えない。が、寧ろそれが特徴とも言える上、それほど居やしないだろうその長身とスタイルは間違いようがなかった。
そして思い出す。少し前に暗闇の中で見た後ろ姿を。
「あれ、やっぱ秋月だったのか」
すっかり忘れていた。アイツが夜中に何をしていようと、俺には関係の無い事だから。校舎の方へと消えて行くその背中から、一度目を逸らす。
「早く戻らねぇと」
外に連れを待たせてる。そう思って数歩部屋へと足を向けたところで、その足は止まってしまった。
「………」
どうしてこんなに気になる?
謎だらけの秋月。部活にも、委員会にも所属しない、詳しく知る者が誰も居ない正体不明の男。その男が何故か俺に執着し、大金を叩いてまで俺のカラダを求める。その理由は一体なんだ?
今まで考えなかった疑問。いや、考えない様にしてきた、疑問。今この時あの背中を追えば、秋月の何かを知ることが出来るのか。
「~~っ、くそっ!」
俺の足は踵を返し、闇の中に消えゆく男の後を追った。
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