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Ⅲ:終
背中が向かって行ったのは確かに校舎のはずだった。だが、直ぐに後を追ったはずなのに秋月の姿は見つからず、思わず眉間にシワが寄る。
(どこ行った?)
正直、真夜中の学校など不気味だから歩き回りたく無い。けど、ここまで来て引き返すわけにはいかず、足音を消しながらぐるぐると各階を見て回るが秋月の姿は見つからない。
――ブブッ、ブブッ
振動した携帯を見れば【まだかよ?】と催促のメール。俺はふうっと溜息をついて、その場にしゃがみ込んだ。
一体俺は何をやってんた? 自分が今起こしている行動が酷く滑稽に思えて、そのまま秋月を探すのを諦め連れの元へ戻ろうと、階段を降りかけた時だった。
『…っ、……、!』
何処かから微かに人の声が聞こえて来た。ここからでは遠すぎるのか、その声が笑っているのか怒っているのか、普通に話しているのかすら分からない。降りかけた足を止め、音のする方へと引き返し廊下へと出た瞬間。
――ガラッ!!
直ぐ近くで部屋のドアが開く音が聞こえ、慌てて階段の方へと身を戻した。
「待てっ! まだ話しは終わってない!」
「俺はもう話すことはないよ」
「神奈っ!!」
叫ばれた名前に心臓が跳ねた。そのまま向かってくる声から逃げる様にして階段を駆け上がる。下からは死角になる位置まで来たところで、声の主二人が姿を現した。
(秋月…)
掴まれた腕を無視して階段を降りようとするその男は、見間違いでは無く確かに秋月だった。そして、その腕を掴むのは…。
(ヤスナガ!?)
安永智明(ヤスナガトモアキ)は、この学園の人気上位者であり、そして…風紀委員長だ。予想外の組み合わせに思わず息を飲んだ。
「神奈!!」
「やりたくてやってる、止めないで」
「身体を売るような真似をっ、したくてしてるって言うのか!?」
安永の叫び声に、俺の肩が跳ねた。身体を……売るような、真似…?
「お前がそこまでする必要が何処にあるって言うんだ!? 俺はっ、俺はお前にそんな事をして欲しくないっ!!」
安永は叫ぶ様にして秋月に訴えた後、掴んでいた腕を軸にして秋月を引き寄せ…思い切り抱きしめた。
「頼むからもう止めてくれ!」
そう言ってしがみ付く安永の背中に、秋月の腕が回される。
「神奈ッ」
「智明、ごめん」
「神奈っ、神奈…」
「お願い。俺、役に立ちたいんだ。助けたい」
「だからって、あんなこと」
「好きなんだ」
好きなんだ、ごめん。安永の背に回した腕に、力が篭ったのが分かった。
俺はそのままその場を離れ、非常階段から外へ出ると、一目散に学園の外へと駆け抜けた。
『最近風紀が嗅ぎ回ってるぞ』
以前千鳥に言われた言葉を思い出す。
何故、俺から客を遠ざけたのか。
何故、俺に大金を払うのか。
何故……俺を、抱くのか。
なるほど、簡単なことだ。アイツは、俺を…売春をする輩を検挙する為に動いている風紀の犬だった、って訳だ。
「おい、どうした?」
俺の顔を見た連れが情けない声を出す。
「何が」
「何がって…だってお前、」
泣きそうな顔してる。
「馬鹿なこと言ってんなよ、ほら時間無ぇから行くぞ!」
あ、やっぱり金貸してな? と言えば連れからは盛大な溜息が漏れる。
「何の為に戻って来たんだよ!」
パコン、とメットの上から殴られたが、それ程痛くはない。
「飛ばすからしっかり掴まっとけよ!」
吐き出した冷たい息は、しがみついた背中に染み込んでなくなった。
第三章:END
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