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 寮に戻った俺はいつの間にか寝てしまっていた様で、部屋に響くチャイムで漸く目を覚ました。時計を確認すれば既に二十二時を回っていて、食堂はとっくに閉められている。 「クソ、食いっぱぐれた」  そう呟いたと同時にもう一度チャイムが鳴った。だが、身体は少しだけ向かうことを躊躇う。こんな時間に俺の部屋を訪れる相手など限られている。  同室者か、秋月か。  そろそろ帰って来る頃か、と先々週帰って来た同室者を思い浮かべるが、そうだとしたら自分で鍵を開けて入ってくる筈だ。だとすれば、残るはあと一人しか居ない。  今から自分が起こす行動に一呼吸すると、重い腰を何とか上げて玄関へと向かった。  玄関を開ければ、そこには予想通りの相手が立っていた。ドアを開いたままの俺の隣を、無言で通り過ぎ手慣れた仕草で共有フロアまで入っていく。再び閉じたドアにしっかりと鍵をかけ、俺も秋月の後を追った。 「これ、今週分前払い」  グイ、と押し付けられた封筒を思わず受け取ってしまい舌打ちが出そうになる。この中には十万円が入ってる。  秋月にとって俺は金に釣られた大馬鹿野郎で、更にこれから現行犯で捕まる間抜けな奴として映ってんだろうか。そしてその先にある安永からのご褒美に胸をときめかせ、尻尾を振っているってか? 全て想像の範囲だと言うのに、そこまで考え付くと死ぬ程腹が立った。 「コレ、いらねーから」  受け取ってしまった封筒を秋月の胸元に押し返すと、秋月は押し付けられた封筒と俺の顔を交互に見る。そしてそれを何度か繰り返したかと思うと、秋月が突然俺の顔から少しだけ視線を落とした。 「おい? って、…い"っ!?」  突然顎を掴まれ、グキッと横を向かされる。顎を掴む力は容赦が無く、その痛みに呻き腕を振り上げるがそれは簡単に秋月によって阻止された。そして掴まれた手首にもまた、強い力が加えられた。  それ程体格差がある訳でもない筈の俺が、思わず悲鳴を上げかける。 「い"っ、なっ、秋月痛いって!」 「なに、コレ」 「はっ!?」  聞き返してから気付く、秋月の視線の先。秋月が今見ているのはきっと、シャツの襟からギリギリはみ出るよう付けられた、首筋にポツリと落ちる赤い花弁。 「こ、れは…」 「俺、付けてないよね」 「あっ!!」  俺を力任せにソファへと押し倒す。秋月が無理矢理にシャツを引き裂くから、千切れて飛んだボタンが顔に当たった。  煌々と点けられたライトの下。晒された肌に散らばる無数の跡を見て、秋月の目が大きく見開かれた。 「どう…して」  言葉を詰まらせる秋月に、カラダの奥が軋んだ音を立てる。どうしてだか、無性に泣きたくなった。けど、俺はそれをすべきではない。泣いたって、何もならないから。 「退けよ」  押し倒した形のまま俯いて動かなくなった秋月の肩を押せば、思いの外簡単にその体は退いた。ストンと腰を下ろし、まだ、俯いている。  無理に開かれたシャツを片手で手繰り寄せ肌を隠す。その手が少しだけ…震えた。 「どうしてもって奴が居てさ。久々だったから盛り上がっちまった」  頭の中で何度も練習したセリフを吐き出しながら、フッと鼻にかけて笑ってやる。その瞬間、顔を上げた秋月の目の色が変わった。 「したの…?」 「は?」 「俺以外と、したの?」  ゾッとする程低い声だった。一瞬セリフが頭から飛ぶ。けど直ぐにハッとして、床に落ちたままになっている封筒を拾うとシナリオ通り口を開いた。 「ヤッたよ。あぁ、そーいやお前と約束してたっけ? じゃあ規約違反ってことで、この金返す理由もついたわけだ。丁度飽きたからもう辞めようって言うつもり、でッ!?」  最後まで言い切る前に、俺の頬が焼けたような熱を持った。殴られたと気付くのに少しだけ時間がかかる。 「ってーなぁ!? 何すんだテメェ!!」 「俺以外とはしないって約束した」 「だから返すっつってん」 「何で? お金は払ったのに」 「だからっ、返すって」 「足りない? 幾ら払えば俺だけにしてくれんの? 百万? 一千万?」  そう言って秋月はブレザーの内ポケットから更に金を出す。何処か様子のおかしい秋月に、俺の身体は自然と震えだした。 「お、オイ?」 「払うよ…払うから、俺のになってよ…」 「おい、ちょっ!秋月!!」  俺の体は秋月に無理矢理担ぎ上げられ、部屋のベッドに投げ飛ばされる。再び蹴散らされた封筒は、秋月の財布と共に万札をそこら中に散らばせた。 「ひっ! 止めろ秋月っ、止めろって!」 「どうしていつも止めろって言うの。他の奴にはこんなに痕を付けさせるのに。他の奴には、こんなに…」 「アッ、ふんんっ!! ん、ンんっ!」  噛み付くようなキスをされた。その中に混ぜられた小さな固形物に嫌な予感が募り、少し時間が経ってからその予感が的中していたことを知る。  眠ってしまうには足りなくて、でも抵抗を削ぎ落とすには十分な量。どうやら、睡眠薬の様な物を計算し尽くした量で飲まされた様だった。  俺が抵抗する術を失ってからの秋月は、酷いものだった。 「あっ、アッ、ンあっ、あ! あッ!」  止まらない律動。息をする暇も与えない程激しく蹂躙されるカラダは、ベッドと共にギシギシと軋み悲鳴を上げた。  何度も中に吐き出された熱を感じ、その度に同じ様に自分も絶頂を迎える。弱い部分ばかりを永遠に刺激され、達した直ぐからまた次の絶頂を追うのは死ぬ程辛い。  これは、セックスなんかじゃない。今秋月が俺にしている行為は、あからさまな拷問だった。  意識を飛ばし暗闇に落ちる。でもまた直ぐに、カラダの内側からの振動と刺激で目を覚まし、苦痛を受けてまた、闇に落ちる。  何度も、何度もそれを繰り返す。  秋月は無言だった。ずっとずっと、無言だった。そうして遂に俺が闇から戻れなくなる最後の瞬間。 「――――――――」  ポタリと上から落ちて来たものが、俺の瞳を通りシーツに染み込み消えた。  それは汗なのか、それとも…。  答えを確認することなく、俺の意識は闇に飲まれて落ちていった。 第五章:END

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