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Ⅵ:終
◇
あの夜から四日が経った朝、俺は学校へと向かっていた。あの日からは初の登校となるが、勿論、それは普通に授業を受けるためではなかった。
俺が向かう先は風紀室。そう、つまり例のあの日の夜のことを尋問でもする気なのだろう。一応、被害者として。
俺の頭の中には、いつの日か見た秋月と抱擁していた男の顔が浮かぶ。
(どうせ何もかも知っている癖に)
「そこへどうぞ」
俺にソファへ腰掛けるよう促したのは、風紀の副委員長である、各務(カカミ)と名乗る少年だった。各務の隣には、難しい顔をしたまま俺から目線を外す安永の姿がある。
「体調はもう良いのかな?」
「…お陰様で」
「そう、それは良かった。あまり無茶はしないでね」
にっこりと笑うその顔は人好きしそうなものであったが、それが風紀委員のものであると考えるだけで胡散臭く思える。
「俺、遠回しなのは好きじゃないんで。用件は何ですか」
不機嫌も露わに言えば、各務は困った様に笑い、安永は眉間の皺を深くする。
「事件に至った経緯を、簡単に確認させて欲しいんだ。秋月神奈からはもう話を聞いているけど、処理するには両者の意見が」
各務がそこまで言ったところで、俺はソファから立ち上がる。
「だったら必要ない」
「どう言うこと?」
「俺はコレを事件にする気は無い」
各務が驚いた顔で俺を見上げ、それと同時に漸く、安永も顔を上げて俺を見た。
「だから、事情聴取とかも必要ない。アンタらもその方が都合が良いでしょ」
「どう言う意味だ」
ここへ来て初めて、安永が声を漏らす。
「アイツ、アンタらが差し向けたハニートラップだろ?」
「…なに?」
「知ってんだっつってんの。アイツ、アンタら風紀の犬なんだろ? アンタにお仕置きされるとでも思って、暴走したんじゃないの? 無かったことにしてやるよ。捕まえ損ねた上に、大好きな委員長様から裁かれるのはあまりにも哀れだからな」
「貴様っ!!」
俺の胸ぐらに掴みかかった安永を各務が何とか引き剥がす。俺から安永が離れたところで、俺はそのまま扉へと向かった。もう此処に、用はない。
「南くん」
風紀室から身体が半分出たところで、各務に呼び止められる。
「神奈は、風紀委員なんかじゃない」
「……は?」
「確かに、僕も安永も神奈とは親しい。けど、風紀の仕事を手伝わせたことは一度だって無い。まして、俺や安永の為に誰かを傷付ける様な事はしないし、絶対させない」
なに…? どう言う…ことだ…? じゃあ、何で秋月は俺と…。
「神奈は今回の件に関して、『誘いに断られた事に逆上して南を襲った』と言ってる。今は強姦事件の加害者として、寮で謹慎中だよ」
そこまで聞いて、俺は風紀室の扉を閉めた。
各務の話を鵜呑みにした訳ではない。実際、安永との会話を聞いたのだから。好きだから、助けたいと言っていた。力になりたいのだと。
けど、もしも各務の話が本当だったら?安永の為でなければ、一体誰の力になろうと、助けようとしてた?
あの日、どうして俺の前に現れた…?
「各務っ! どうして奴にあんな事を話したんだ!」
「だったら、安永は神奈があのままでも良いの? あんなに塞ぎ込んでるままで良いって言うの?」
「それはっ、」
「安永。残念だけど神奈が求めてるのは僕らじゃないんだ」
安永が悔しげに歯ぎしりする。けど、各務や安永がどれだけ今の神奈を救おうとしても無駄なこと。
幾ら救いの手を差し伸べたって結局、神奈が取る手は南壱也、その人の手しか無いのだから。
各務はつい先ほど閉められたドアを見つめ、二人の未来を案じ浅く息を吐いた。
第六章:END
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