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Ⅷ:終

◇ 「秋月…」  ドアの開く音は耳に入っているはずなのに、ベッドの上で窓の外を見ている顔はこちらを向かない。どうやらそのまま待っていても秋月がこちらを向くことは無さそうだったので、俺は何とか乾いた声を振り絞った。  けど、少しだけこちらを振り返ったかと思えば再びその顔は窓の外へと向けられてしまう。 「何しに来たの」  そうして落とされた声は恐ろしく抑揚の無いもので、俺が何か悪いことをしたみたいにさえ思えて来る。 「俺、秋月に聞きたいことがあんだよ」  秋月の手が一瞬だけピクリと反応した。けど相変わらず顔は背けたままでこちらを見ようとしない。 「お前さ…何で風紀にあんなこと言った? 何で金のやり取りが有ったって、俺たちの関係を言わなかった? もし俺が秋月の言葉を肯定したら、お前、確実に退学になるんだぞ」 『無理やり襲った』、そう風紀に伝えた秋月。そこに俺との関係を仄めかす様な内容は露ほども含まれてはいなかった。  風紀委員のトップ二名はどうやら秋月と親しい様だ。まして委員長に当たっては秋月に惚れている様にさえ見える。本来あってはならない事かもしれないが、例え結末が強姦じみたことになってしまったとは言え、それまでの関係が関係なのだ。安永ならきっと、秋月に情状酌量の余地を与えたに違いない。  けど、今の秋月の発言のままでは、単なる強姦魔として学園から追放されて終わってしまう。 「退学になっても良いと思ってんのかよ」 「………」 「あそ。それってさ、風紀の犬としてのケジメなわけ?」  俺がそう言うと、背けられたままだった顔が勢いよくこちらを向いた。 「風紀の、犬…?」 「あぁ、もしかして安永専属だった? 俺、秋月が安永と抱き合ってんの見たんだよね」  それだけじゃない、ハッキリと聞いた。安永の背に腕を回しながら助けたいと言っていたのを。好きなんだ、と縋り付いていたのを。俺がそう言うと、秋月は口を片手でバッと塞ぎ顔を背けた。 「お前は大好きな安永を助けたくて、体張って罠を張った。俺は金に釣られてその罠にハマった大馬鹿野郎。そーゆーこと?」 「………」 「おい、こっち向けよ」 「来るな」  近付けば顔を見せまいとしてか、ベッドの奥へと後ずさる秋月。 「やられたーって思ったよ。すげぇ悔しかった」  お前は俺の事が好きなんじゃないかって、そう思ってたから。 「利用されてたまるかって、お前の計画を壊してやろうって思ったよ」 「来るなって!」 「けど蓋を開けたらさ…風紀の一斉検挙なんて、そんな事思ってる頃にはとっくに終わってたんだ」  それも、刺客で有るはずの秋月から金を受け取り、組み敷かれ、何時ものように抱かれて喘いでいたその頃に。 「おかしいだろ。お前が風紀からの回し者なら、何で俺は捕まってねーの?」  そしてまた、安永の回し者じゃないんだとしたら、俺がめちゃくちゃにされたあの夜。 「お前があの時キレた理由は何だよ」  計画が失敗した事にキレたのだと、あの時はそう思っていた。焦ったのだと。 風紀の為、安永の為。でも今それを当てはめようとしたって、辻褄の合わない事ばかりでちっともピースは嵌らない。  一体誰を助けたかった?  誰の役に立ちたかった?  金を出してまで俺を抱いたのは、何故だ?  何度も考えて来たものの答えが、今見え始めてる。 「言えよ、秋月」  俺に隠していることは何だ。  俺に見せてないものは、何だ。  秋月との間合いを一気に詰めて、背けていた顔を無理矢理上げさせる。そして俺は、思い切り秋月の前髪を掻き上げた。  初めて見た、秋月の素顔。  重い前髪で隠されていた切れ長の瞳は、目元を赤く染め、頼りなさ気にゆらゆらと揺らめかせながらもしっかりと…俺をみつめていた。  俺が知りたかった秋月の真実。それは言葉なんかよりも、何よりも、その瞳が雄弁に物語っていた。 「南」  秋月の前髪を上げていた俺の手は、秋月自身の冷たい手によって絡み取られる。  一瞬の内に腕を引かれ、俺の身体は引かれた方へと従順に倒れこんでいた。そうして気付けば、俺は秋月の腕の中に強く、強く…抱き締められていた。 第八章:END

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