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南壱也の失敗:眠れる獅子を起こすべからず

 ハッキリ言わせて貰おうか。  俺は今、不機嫌だ。  超、不機嫌だ。 「ご飯美味しかった?」 「おう」 「そう、なら良かった」  胡座をかく俺の背後には秋月が座って居る。  つい先程出された手料理は本当に旨く、学食なんかに行くより断然、心も腹も満たされる。その上そんな満たされた状態で、好きな奴に背後から胸元に抱き込まれ、優しく髪なんか梳かれてりゃ。  乙女じゃない俺だってトロンとしてしまうし、このまま済し崩しに…なんて展開も考えてしまう。  けど、それを通り越して俺は今、非常に不機嫌だ。何故なら…。 「神奈、珈琲が飲みたい」 「少し時間かかるけど良い?」 「構わん」 「南は珈琲嫌いだよね、紅茶で良い?」 「いらねぇ」 「…分かった、ちょっと待ってて」  そうして秋月が離れてしまったところで、遂に俺はテーブルを殴った。  ――バンッ!! 「なんっで、テメェがここに居んだよ!!」  そう、俺の不機嫌の元凶は目の前の男、安永である。  俺が秋月神奈と“恋人”と呼ぶ関係になったのは、一週間ほど前のことだ。  俺の部屋は二人部屋。幾ら同室者の井筒があまり帰ってこないとは言え、逆にいつ帰ってくるか分からない不安があった。その上、井筒と秋月の初対面が最悪だったことから、井筒は今でも秋月に良い顔をしない。  あんな空色の髪をしていながら、井筒は中々に友人思いの男なのだ。  それに比べて秋月は一人部屋。誰にも邪魔される事なく、何の気を使う事なくイチャつけるな、何て思っていたのに…。 「毎日毎日、ふざけんなよ!」 「煩い。元々いつも俺が神奈と飯を食ってたんだ」 「だったら食い終わったんだ、すぐ帰れ! 今すぐ帰れ!」 「………」 「こらテメェ、耳に蓋すんな!!」  付き合ってから一週間、こうして毎日毎日安永が邪魔をしに来るのだ。 「はい、智明。珈琲入ったよ」 「ありがとう神奈」 「さっさと飲んで出てけよ!」 「………」 「ちびちび飲むなコラァ!」 「俺は猫舌なんだ」  はぁあっ!? 昨日の夜、秋月が作ったアッツアツのうどんをふーふーもせずに食ってたろ!!  こうして何だかんだと言い合いを続けるうちに、結局怒り疲れた俺が寝てしまい気付けば朝、と言うサイクルを続けてしまうのだ。  元々、俺と秋月は“カラダ”何てもので繋がった爛れた関係だったから、今更初々しい関係を期待していたワケじゃない。それにしても、だ。こんなのって無いんじゃないか?  秋月は安永の言う事聞くだけで追い出すこともしない。前までアレだけ俺に触ってた癖に、この一週間は一度もヤれてない。それどころか二人きりの時間すら取れてなかった。  恋人って形に、馬鹿みたいに浮かれてたのは俺だけかよ? そう考えたところで思わず目頭が熱くなった。 「南?」  急に俯いて黙った俺に、秋月が訝しむ。 「もう良いわ」 「え?」 「お前の付き合うっての、こーゆー感じなんだろ。だったら俺、やってける気がしねぇわ」  たかが一週間。されど一週間。 「そんなに安永と一緒に居てぇなら、3Pでもしくれる奴探せよバーカ!!」  テーブルの上に置いていた携帯をポケットに突っ込み、俺は勢いよく立ち上がっ… 「どあっ!?」  立ち上がったつもりが、俺の視界はくるりと回り何故か天井を仰いでいる。 「あれ?」 「長かったなぁ」 「へ…」  天井しかなかった視界に、俺をひっくり返した張本人であろう秋月が入り込む。けど、それはいつものアイツでは無かった。 「南の忍耐強さには参っちゃうな」  ニンマリと口元を上げながら、秋月が片手で前髪を掻き上げた。そこから現れた奴の目に、思わずゴクリと喉が鳴り、背筋には冷たい汗が流れる。 「え…あ、秋月さん?」 「なぁに?」 「お、おま……目が…」  目が、笑っていない。その上その奥で揺らめくソレは、獲物を目の前にした肉食獣そのものだ。 「智明にも困ったものだけど、南もちっともブチ切れないからさ」 「「えっ」」 「ちょっとした意地悪のつもりで放っておいたけど、まさか一週間も待たされるとはね」  え、俺のせいなの!? 目を見開き、ポカンと口を開いたのは俺だけでは無かった。 「か、神奈」 「このまま出て行かせるなんてこと、させる訳ないでしょ」 「おい、神奈」 「ああ、早く喰い散らかしたい…」 「かん「智明うるせぇ。早く出てけ」」  それとも、ヤるとこ見てく?  唸るような声と曝け出されたままの瞳には、殺気がたっぷりと込められていた。安永の顔色が、気の毒な程一瞬で変わる。  人はここまで青くなれるのか、と思う程に青ざめた。 「我慢強いのも考えものだね、南…」 「ひっ、ひぃっ!?」  く、喰われるッ!!!!  ジェットエンジンでも付けたかのように、勢い良く飛び出ていく安永の後ろ姿が見えた。求め続けたはずの二人きりの時間なのに俺は思わず… 「やっ、安永ぁああっ!!!」  あれ程消えて欲しかったはずの男の名を叫んだ。それが、更なる悲劇を呼ぶとも知らずに…。 「俺の前で他の男を呼ぶだなんて…悪い子だね、南は」 「ッ!!?」 「悪い子には、お仕置きしなきゃね?」  ―――誰かっ、誰か助けてぇっ!!!  俺が酷い目に合わされたのは…言うまでもない。  ◇  ―次の朝― 「おはよう智明」 「あ、あぁ、おはよう…」  昨日のショックから立ち直れないのか、未だに青ざめた顔をしている安永。  相変わらず二人での登校時間を邪魔しに来るのは流石だか、昨夜のお仕置きを引きずる今の俺にそれを指摘する元気は無い。  そんな別の意味でぐったりしている二人を他所に、秋月が自身の前髪を弄びながら呟いた。 「前髪、切ろうかな」 「「止めとけっ!!」」 (あんな目そうそう曝け出されたら身が持たねぇ!) (暫くトラウマになりそうだ…)  犬猿の仲の二人が、初めて心を一つにした瞬間だった。 END

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