24 / 26
南壱也の失敗:眠れる獅子を起こすべからず
ハッキリ言わせて貰おうか。
俺は今、不機嫌だ。
超、不機嫌だ。
「ご飯美味しかった?」
「おう」
「そう、なら良かった」
胡座をかく俺の背後には秋月が座って居る。
つい先程出された手料理は本当に旨く、学食なんかに行くより断然、心も腹も満たされる。その上そんな満たされた状態で、好きな奴に背後から胸元に抱き込まれ、優しく髪なんか梳かれてりゃ。
乙女じゃない俺だってトロンとしてしまうし、このまま済し崩しに…なんて展開も考えてしまう。
けど、それを通り越して俺は今、非常に不機嫌だ。何故なら…。
「神奈、珈琲が飲みたい」
「少し時間かかるけど良い?」
「構わん」
「南は珈琲嫌いだよね、紅茶で良い?」
「いらねぇ」
「…分かった、ちょっと待ってて」
そうして秋月が離れてしまったところで、遂に俺はテーブルを殴った。
――バンッ!!
「なんっで、テメェがここに居んだよ!!」
そう、俺の不機嫌の元凶は目の前の男、安永である。
俺が秋月神奈と“恋人”と呼ぶ関係になったのは、一週間ほど前のことだ。
俺の部屋は二人部屋。幾ら同室者の井筒があまり帰ってこないとは言え、逆にいつ帰ってくるか分からない不安があった。その上、井筒と秋月の初対面が最悪だったことから、井筒は今でも秋月に良い顔をしない。
あんな空色の髪をしていながら、井筒は中々に友人思いの男なのだ。
それに比べて秋月は一人部屋。誰にも邪魔される事なく、何の気を使う事なくイチャつけるな、何て思っていたのに…。
「毎日毎日、ふざけんなよ!」
「煩い。元々いつも俺が神奈と飯を食ってたんだ」
「だったら食い終わったんだ、すぐ帰れ! 今すぐ帰れ!」
「………」
「こらテメェ、耳に蓋すんな!!」
付き合ってから一週間、こうして毎日毎日安永が邪魔をしに来るのだ。
「はい、智明。珈琲入ったよ」
「ありがとう神奈」
「さっさと飲んで出てけよ!」
「………」
「ちびちび飲むなコラァ!」
「俺は猫舌なんだ」
はぁあっ!? 昨日の夜、秋月が作ったアッツアツのうどんをふーふーもせずに食ってたろ!!
こうして何だかんだと言い合いを続けるうちに、結局怒り疲れた俺が寝てしまい気付けば朝、と言うサイクルを続けてしまうのだ。
元々、俺と秋月は“カラダ”何てもので繋がった爛れた関係だったから、今更初々しい関係を期待していたワケじゃない。それにしても、だ。こんなのって無いんじゃないか?
秋月は安永の言う事聞くだけで追い出すこともしない。前までアレだけ俺に触ってた癖に、この一週間は一度もヤれてない。それどころか二人きりの時間すら取れてなかった。
恋人って形に、馬鹿みたいに浮かれてたのは俺だけかよ? そう考えたところで思わず目頭が熱くなった。
「南?」
急に俯いて黙った俺に、秋月が訝しむ。
「もう良いわ」
「え?」
「お前の付き合うっての、こーゆー感じなんだろ。だったら俺、やってける気がしねぇわ」
たかが一週間。されど一週間。
「そんなに安永と一緒に居てぇなら、3Pでもしくれる奴探せよバーカ!!」
テーブルの上に置いていた携帯をポケットに突っ込み、俺は勢いよく立ち上がっ…
「どあっ!?」
立ち上がったつもりが、俺の視界はくるりと回り何故か天井を仰いでいる。
「あれ?」
「長かったなぁ」
「へ…」
天井しかなかった視界に、俺をひっくり返した張本人であろう秋月が入り込む。けど、それはいつものアイツでは無かった。
「南の忍耐強さには参っちゃうな」
ニンマリと口元を上げながら、秋月が片手で前髪を掻き上げた。そこから現れた奴の目に、思わずゴクリと喉が鳴り、背筋には冷たい汗が流れる。
「え…あ、秋月さん?」
「なぁに?」
「お、おま……目が…」
目が、笑っていない。その上その奥で揺らめくソレは、獲物を目の前にした肉食獣そのものだ。
「智明にも困ったものだけど、南もちっともブチ切れないからさ」
「「えっ」」
「ちょっとした意地悪のつもりで放っておいたけど、まさか一週間も待たされるとはね」
え、俺のせいなの!? 目を見開き、ポカンと口を開いたのは俺だけでは無かった。
「か、神奈」
「このまま出て行かせるなんてこと、させる訳ないでしょ」
「おい、神奈」
「ああ、早く喰い散らかしたい…」
「かん「智明うるせぇ。早く出てけ」」
それとも、ヤるとこ見てく?
唸るような声と曝け出されたままの瞳には、殺気がたっぷりと込められていた。安永の顔色が、気の毒な程一瞬で変わる。
人はここまで青くなれるのか、と思う程に青ざめた。
「我慢強いのも考えものだね、南…」
「ひっ、ひぃっ!?」
く、喰われるッ!!!!
ジェットエンジンでも付けたかのように、勢い良く飛び出ていく安永の後ろ姿が見えた。求め続けたはずの二人きりの時間なのに俺は思わず…
「やっ、安永ぁああっ!!!」
あれ程消えて欲しかったはずの男の名を叫んだ。それが、更なる悲劇を呼ぶとも知らずに…。
「俺の前で他の男を呼ぶだなんて…悪い子だね、南は」
「ッ!!?」
「悪い子には、お仕置きしなきゃね?」
―――誰かっ、誰か助けてぇっ!!!
俺が酷い目に合わされたのは…言うまでもない。
◇
―次の朝―
「おはよう智明」
「あ、あぁ、おはよう…」
昨日のショックから立ち直れないのか、未だに青ざめた顔をしている安永。
相変わらず二人での登校時間を邪魔しに来るのは流石だか、昨夜のお仕置きを引きずる今の俺にそれを指摘する元気は無い。
そんな別の意味でぐったりしている二人を他所に、秋月が自身の前髪を弄びながら呟いた。
「前髪、切ろうかな」
「「止めとけっ!!」」
(あんな目そうそう曝け出されたら身が持たねぇ!)
(暫くトラウマになりそうだ…)
犬猿の仲の二人が、初めて心を一つにした瞬間だった。
END
ともだちにシェアしよう!