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南壱也の失敗②:小さい様で大きな問題
「すぐ戻るから、待ってたら?」
秋月が風紀室に行ったと聞いた俺は、その後を追うようにしてやって来たもののそこに秋月の姿は無かった。
各務にそう促され、仕方無しにソファへと腰を下ろした。安永にしては珍しく俺に文句もなく黙って仕事をしている。それを眺めているウチに、今までずっと疑問だったことがふと、急激に気になりだした。
「なぁ、安永」
「………なんだ」
「アンタ、タチかネコかどっちなの?」
―――ガタタッ
物を落としたのは各務だった。平然を装っているが、落とした物を拾う手がプルプルと震えている。
「なぁ、どっち?」
「そんな事を聞いてどうなる」
「だって、アンタ秋月に惚れてんだろ? けど、どう見てもアンタ、タチじゃん」
安永智明は、この同性愛蔓延る学園の中でも人気上位の男だ。その人気と言うのも、主に俺が今まで抱いて来たような可愛らしい男達からの支持が殆んどだった。
所謂、“抱かれたい男”ってやつだ。けど、そこでふと疑問に思うのだ。
秋月もタチなんだけど?
安永もそこそこ長身だ。悔しいが僅かに俺よりも高い。けど、秋月はそれ以上に背が高かいのだ。身体つきだって細身とは言え結構筋肉も付いているし、それに何より、彼奴は腕っぷしも強い。俺はそれを身を以て知ってる。
「タチに見えるんだろ? だったら愚問だ」
「いやいや、だからだろ? だって秋月もタチじゃん」
そしたら突然、安永が固まった。
「神奈が…タチ?」
「は? 当たり前だろ?」
「いや、そんな訳は…あんな可愛い神奈が」
「アンタ頭大丈夫か? 俺が襲われた事件知ってんだろ?」
俺と秋月の、強姦事件。それなのに何言ってんだコイツ…そう思っていると安永からとんでもない言葉が飛び出した。
「お前が突っ込まれたと報告を受けた」
「だろうなぁ!」
「そんな訳無いから俺が書き直しておいた。神奈は襲い受けだ」
「何しちゃってんのぉお!?」
ぇええ!? ちょっとこの人大丈夫なの!? これで風紀とかやってて平気!? つか『襲い受け』ってなにぃ!?
俺こいつの日本語が分からねんだけど!
「神奈がタチとかある訳ない!」
「バカか! アイツめっちゃケンカ慣れしてんぞ!? 俺より強ぇんだぞ!?」
お前が秋月を押し倒せるわけねーだろ! そう言った途端安永の目の色が変わる。
「それは何か、俺がお前より弱いとでも言いたいのか」
「は? お前俺より強い気でいたワケ?」
「ちょっと、二人とも落ち着いて」
各務が見兼ねて止めに入るが、スイッチの入った二人の勢いは止まらない。
「当たり前だろう」
「へーぇ、だったら俺からマウント取ってみろよ」
「良いだろう、泣きを見ることになるぞ」
「ちょっと二人とも!!」
ここがどこであるかも忘れ、俺たちは取っ組み合いのケンカを始めた。
「なに、やってるの…?」
もみくちゃになっていた俺と安永は、地響きみたいな声にピタリと体を止めた。
「秋月!?」
「かっ、神奈!!」
俺たちは非常にまずい状態だった。
見なくても分かる、俺と安永の乱れた制服と…呼吸。そして何よりも、安永と俺の位置が不味かった。
言ってしまえば俺は今、安永に馬乗りになられている。互いにマウントを取るためにゴロゴロと転がっていた途中だったのが、秋月の声により偶然にも止まったのがこの位置だったのだ。
見方によっては、俺が安永に押し倒されているように見えなくも…無い。
「智明ぃ…」
「違うんだ神奈! コレには訳が! ぎゃっ」
首根っこを掴まれ、無造作にポイッと放られた安永から潰れたカエルの様な声が漏れた。どうやら秋月は、安永が俺を襲っていたと認識した様だ。
ここで『俺が焚きつけたんだ』何て言ったら、きっとまた酷い目に合わされる。
(俺は自分の身が可愛い! 安永、どうか成仏してくれ)
そのまま安永を放置して、俺を抱き上げた秋月が風紀室を後にした。
「南、お仕置きだからね」
(バレてるぅううっ!!)
そしてまた、俺が酷い目にあったのは言うまでもなく…安永に至ってはこの日から二週間、秋月にシカトされる羽目になった。
大泣きして土下座する奴の姿を見て、この時ばかりは流石に可哀想に思ったのだった。
(秋月だけは、敵に回したくねぇな…)
END
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