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第39話

 泰志に眼で合図され、これは彼が気を利かせてくれたのだと分かり、千世もそれに話を合わせる。 「そ、そうそう。心配かけてごめんね」 「季節の変わり目は体調を崩しやすいからな。気をつけるんだぞ」  泰志が見ていたバラエティ番組を聞き流しながら新聞を読む祖父が顔を上げる。 「うん、ありがとうおじいちゃん」  柔和な性格の祖父母に大きな影響を受けた千世とは反対に、泰志は父親に似ていると言われることが多い。いつも溌剌はつらつとしていて屈託の無い彼は、しかし繊細さに欠けることがたまにある。 「千世にぃ、腰は平気?」 「――なっ…へ、へへへ平気だよ!」 「良かった。あとさ、お昼食べたら英語教えてくんない?」 「ああ、うん。……いや、やっぱりごめん。僕も英語の課題があるんだ」  泰志は驚くほど自然に振る舞ってくるが、まだ千世の気持ちは整理ができていない。泰志と同じように『普通に』していれば全てが有耶無耶になって、もしかすると昨日の事はなかったことにできるかもしれない。それなのに、もはや今までどうやって泰志と接していたのか忘れてしまった。 「そうだ、ちーちゃん。もう大丈夫ならお醤油買ってきてくれない? お昼に使いたかったのだけど、切れちゃったのよ」 「あ、うん。分かった」  泰志と居間にいるよりは何倍もマシだ。千世は手早く支度を済ませて家を出た。

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