62 / 234

第63話

       ***  ある夢を見た。  夏空の下、子供が遠くで泣いている。あの声、あの姿。見覚えがある。  泰志だ。  近付いてみるが、幼い彼はこちらに気付くことなく泣き続けていた。 (泰志がこんなに大泣きしてるということは、きっとあの時(・・・)の……)  両親が亡くなった九年前の夏、泰志はまだ八歳だった。だがこの時千世は十歳になったばかり。まだまだ子供だ。  それでも大泣きする弟を見て、自分がお兄ちゃんなんだからしっかりしないといけない、と幼いながらに責任感を抱いていた。 『父さん、母さん……何で、しんじゃったの?』  夢の中の泰志が言う。そこへ十歳の千世が、どこからともなくやって来た。 『泰志、泣かないで。ぼくがそばにいるから』  この頃はまだ千世の方が背が高かったから、泰志の頭をぽんぽんと撫でて宥めようとしていた。父親がよくそうしてくれたみたいに。 『千世にぃはさびしくないの?』 「さびしい……淋しいよ。でも泰志がいる。泰志にもぼくがいるから、大丈夫だよ』  兄として、弟の前で涙を見せまいと必死だった。本当は思いっ切り泣きたいけど、それは弟にだけ許される。そんな気がしていた。 『ね、泰志。笑おう。お父さんもお母さんも、いつも笑ってたでしょ。ぼくたちが泣いてたら、二人とも安心できないよ?』 『千世にぃ――うん……!』

ともだちにシェアしよう!