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第66話

 その言葉を、ずっと待っていたのかもしれない。  途端に千世の涙腺が緩み始め、大粒の雫が頬を伝った。 『そうそう。辛い時は泣くもんだぞ』 『ぅん……』 『よく頑張ってきたな』 『う……っ、ぅう……』  頭を撫でていた手はいつしか背中を抱いており、千世の顔は廉佳の胸に(うず)まっていた。その中で千世は恥も外聞もなく泣きじゃくる。今まで誰にも見せられなかった涙をやっと解放できたせいで、いつまで経っても嗚咽が止まらない。  それでも廉佳は、いつまでも、いつまでも、千世の背中をぽんぽんと優しく叩いてくれたのだ。 (この時は何というか……心が救われたなぁ)  そう遠くはない過去の話。だけど思い出深いこの日のことは、つい先日起こったようにも感じられる。 (多分、廉佳さんに対する気持ちが変わったのって、この辺りからなんだよね)  そこから先は簡単だった。大泣きした姿を見られたという恥ずかしさもあったが、廉佳に会う度に脈が上がってしまい、顔が紅くなる。しばらく喋っている内に治まるものの、彼の一挙手一投足(いっきょしゅいっとうそく)が気になってつい眼で追ってしまう。その端正な容姿に見とれたりもした。そんなことが続き、気が付けば抜け出せない恋の穴に落ちていた。  でもどうして。  廉佳は変わってしまった。そして泰志も。  あの頃のように、無邪気に、睦まじい関係ではいられなくなってしまった。 「そんなの僕……嫌だよ」

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